怖いもの[散文100のお題/1.10000]

「大丈夫か? 何か悲鳴が聞こえてきたけど」
 窓から、タクヤがひょっこり顔を出した。
「だ…大丈夫」
 ミチコが答える。
 それからハッとして、落としてしまったビーカーの破片を拾い始めた。
 タクヤが身軽に窓を乗り越えてきて、手伝った。
「で、何があったんだ?」
 二人で破片を拾いながら、尋ねる。
「ゴキブリがいたの」
「何処に?」
「掃除用具入れ」
 「ふうん」と呟いて、やにわにタクヤは立ち上がる。
「開けないでよ!」
「もういないって。ホウキ取らなきゃ」
 タクヤが取っ手に手をかける。
 ミチコは、いつでも逃げられるように立ち上がった。
「ホラ、いないじゃん」
 タクヤが勝ち誇ったように言って、ミチコが胸を撫で下ろした。
「悲鳴あげるほど怖いかぁ? ゴキブリって」
「怖いよ!」
「ただの虫じゃん」
「それでも怖いよ」
「そうかぁ?」

「あ、でも」
 ゴミ袋の口を結びながら、タクヤが思いついたように言った。
「アレなら怖いかもしれない」
「アレって?」
ミチコに尋ねられて、タクヤはおもむろに口を開いた。

「10000匹のゴキブリ」



タイミング[散文100のお題/3.間]

「ねえ、コレなんて読むと思う?」
 そう言ってミチコが見せた紙には、「間」という文字が記されていた。
「んーと、『アイダ』じゃないか?」
「普通、そうだよね」
 納得したように言うミチコに、タクヤは尋ねる。
「他になんて読むんだ? 『カン』とかか?」
「それがねえ……」
 ため息をつきながら、ミチコは言った。
「ユウヤが『マ』って言ったのよ」
「………『マ』か。それはちょっと、一番初めには出にくいな」
「でしょ? ビックリしてさ」
「どう使うんだ?」
「『間が悪い』とかじゃない?」
「あー、そうだな。でも、普通は『アイダ』だよな」
「そうだよね。ユウヤは、ちょっと人とずれてるというか」
「ぬけてるんだよな」
「まあ、悪く言えば……ね」
「で、加えて…」
 と、ガラリと扉が開いた。
 その向こうから顔を出したのは――――ユウヤだ。
「アレ? 二人ともどうしたの? 固まっちゃって」
 無邪気に尋ねてくる。
 タクヤがぼそりと呟いた。

「加えて、間が悪いんだよな」



名前[散文100のお題/6.海鳥]

「ウミネコっているでしょ」
 唐突にユウヤが言った。
「あれ、海にいる猫だと思ってたんだよ」
「うわ、恥ずかしいな」
 タクヤが返す。
「そもそも、海に猫が住んでるわけないじゃん」
「いや、海の家とかで飼われている猫なのかなと思ってさ」
 小さい頃の話だけど、とユウヤは付け加えた。

「そもそも、どうしてウミネコって言うんだろうね?」
「アレだろ、鳴き声が猫に似てるから」
「どうせなら、もっと分かりやすい名前にすればいいのに」
「例えば?」
「例えば…ネコゴエとか」
「……分かりにくいだろ、ソレ」
「そう? じゃあ、ネコナキドリっていうのは?」
「お、何か良さげだな」
「でしょ」

「でもさ」
 おもむろにユウヤが言った。
「何だ?」
「自分で話だしといて何だけど、数学の補習中にする会話じゃないよね」
「…そうだな」
「……先生戻ってこないね」
「……そうだな」
 二人して、戸口を見やる。

 どこかで猫が、ニャーと鳴いた。



ツッコミ[散文100のお題/20.耳を欹てて]

「何の呼び出しだったんだ?」

 椅子に反対に腰掛けたタクヤが、尋ねた。
 ミチコが答える。

「リナの欠席について聞かれただけ」

 タクヤはふうん、と興味なさげに呟いた。
 それから、ふと思い出したように、口を開いた。

「お前が指導室に入った後なんだけどさ…」



 ミチコが指導室に入った後。
 タクヤとユウヤはドアに耳をくっつけて、中の様子を窺っていた。
 中の物音は、微かにしか聞こえない。
 ふと、タクヤが言った。

「なんかさ、こうしてると『家政婦は見た!』みたいだな」

 ユウヤはにっこりと微笑んで

「見た、じゃなくて、聞いた、だけどね」


「……ということがあったんだよ」
「アンタ達、何漫画みたいなことしてるのよ」
「いや、お前が何かやらかしたのかと思ってよ」
「だからって、盗み聞き?」
「結局、聞こえなかったんだよ。それよりさ…」

 少し間をおいて、タクヤは言った。


「ユウヤに突っ込まれる日が来るとは思わなかったよ」



ながれるいと[散文のお題/26.流れる糸]

 メモがあった。
 落ちていた。
 拾い上げたのは、ユウヤだ。
 メモには一言。
『ながれるいと』
 ユウヤはそのメモを、タクヤに見せた。そこへミチコがやって来た。
 三人で議論する。

「どういう意味かな?」
「流れる? 和がれる?」
「『いと』は…意図、伊戸、伊都…糸?」
「『薙がれる意図』じゃない? 意図を挫かれるって意味で」
「いや、『流れる伊都』で、単に伊都さんって人が流れているだけなのかもしれない」
「それ、意味判らないよ」
「あ、こういうのは? 落ち着くって意味で『和がれる意図』」
「意図が駄目になるって意味で『流れる意図』とか」
「もしかすると、『いと』は『〜と』って意味で、後ろに続くのかも」
「着物と何かが流れていて、『流れる衣と…』とか」
「簡単に考えれば『流れる糸』だよね」
「切る場所が違うのかも。流(ながれ)累斗(るいと)で人の名前とか」
「それ、無理があるよ」
「他にはあるかな?」
「うーん…」

 ひとしきり考えた後、ミチコがポツリと言った。

「意味なんてなかったりしてね」

 沈黙する三人。
 その後、メモは破棄された。
 三人は何事もなかったかのように仕事に戻った。
 結局、『ながれるいと』の意味は明らかではない。

 しばらく話題にはならなかったが、凧揚げをしていたユウヤが
「よく流れる糸だね」
 と言ったのをきっかけに、再び論争が巻きおこったことを追記しておく。



勘違い[散文100のお題/31.あきらめましょう]

「ねえ、ちょっといい?」

ユウヤが神妙に言った。

「何?」
「何だ?」

ミチコとタクヤが口々に尋ねる。

「SMAPの曲にさ、こんな曲があるでしょ」

そう言って歌い始める。


かっこいいゴールなんてさ
あっとゆーまにおしまい
(中略)
Hey Hey Hey Girl
どんなときも……


「うん。あるね」
「なんて曲だっけ?」
「『がんばりましょう』じゃない?」

ミチコが答える。

「そうそう、『がんばりましょう』だよ」
「あ…」

タクヤが納得した顔をして、ユウヤがしまったという顔をした。

「どうしたユウヤ?」

タクヤが尋ねる。
ユウヤが恥ずかしそうに答えた。


「僕、『あきらめましょう』だと思ってたよ」


「…意味、逆だし」


ミチコがぽつりと呟いた。



本当は怖い…[散文100のお題/35.そぅっと覗いてみてごらん]

「メダカの学校って歌、知ってるか?」

タクヤが言った。

「そりゃあ、知ってるけど…」

そう言って、ミチコが歌いだす。


メダカの学校は 川の中
そぅっと覗いてみてごらん
そぅっと覗いてみてごらん
皆でお遊戯しているよ


「…でしょ? でも今の話と関係あるわけ?」

今、彼らは「かごめかごめ」の歌の意味の話で盛り上がっていたところだ。
ミチコは、嫁姑戦争のあげくの流産説を。
タクヤは、夜逃げした女郎説を。
ユウヤは、口減らしや儀式説を。
それぞれ語っていたわけだ。

「この歌もさ、怖い意味があるんだってな」
「そうなんだ? 僕は、涼しげでいいなーと思っていたんだけど」

ユウヤが言う。
ミチコが同意した。

「何でも、津波か何かで亡くなった子供達の歌らしいね」
「亡くなった子達の霊が、水の中で遊んでるって事?」
「そう。三途の川って話もあるけど」

そう言うタクヤを、複雑な顔でミチコが見た。

「何ていうか…夢のない話よね。」
「そうだね」
「確かに、歌は歌でいいよな。わざわざ怖い解釈をつけなくてもさ」

3人は頷きあった。
確かにその通りではあるのだが。
先ほどまで「かごめかごめ」で盛り上がっていた彼らの言うセリフではない。



新見解[散文100のお題/44.シンデレラの靴]

「つまりこの“シンデレラの靴”ってのは、幸せへの鍵を意味しているわけ」

 文章の一文を指差しながら、ユウヤが言った。

「んー?」

 タクヤがよく判らないという風に首を傾げる。
 放課後の教室で、タクヤはユウヤから国語を教わっていた。
 中間テスト対策だ。
 二人の横で、ミチコも数学の教科書やらを広げている。

「判らねえよ。俺、理数系だし」
「そうは言っても、テストは平等に文系も理数系もあるんだし」
「うう…判ってるよ」

 と、それまで黙っていたミチコが、おもむろに口を開いた。

「どうして、シンデレラは靴を残していったのかしらね?」
「どういう意味?」
「だって、靴が脱げたのなら気づくはずじゃない」
「まあ、気づくだろうな」
「魔法がばれない様にって、逃げたんでしょ? 靴を残したら元も子もないじゃない」
「あー…アレじゃない? シンデレラはしたたかな人間だった」
「わざと靴を残して行ったってこと?」
「そ。義姉を差し置いて、幸運になれるチャンスを狙っていた!」
「結果、玉の輿に乗ったってことか」
「そういうこと。優しいことは優しかったんだろうけど、抜け目ない人だったんだろうね」

 納得したように頷きあう三人。

「あ、でもよ」

 タクヤが言った。


「靴も魔法だろ? どうして靴の魔法は解けなかったんだろうな?」



日常の1コマ[散文100のお題/47.青空教室]

 花火大会までは時間がある。
 なら、テスト勉強をしようと言い出したのは、一体誰だったやら。
 神社の境内で、ミチコとタクヤとユウヤは教科書を広げていた。

「だからさ、それはマキャベリの思想なんだって」
「えーと、マキャベリって『君主論』を書いた人よね?」
「そう」
「わっかんねえ!」
「諦めないでよ、タクヤ。私だって理数系なんだから」
「なんでユウヤは、こんなものが得意なんだよ?」
「だって、僕は文系だもの」

 ユウヤがにこにこと言う。
 タクヤが頭をがりがりとかいて、諦めたように教科書に視線を落とした。
 ミチコは教科書を指差しながら、ユウヤに確認している。
 境内には、さわやかな風が吹いている。
 花火大会までもうすぐだ。



ユウヤのある1日[散文100のお題/61.ビタミンC]

 ユウヤが立っている。
 困ったように、何かを見比べていた。
 CDショップのオムニバスコーナーだ。
 2枚のCDを、しきりにひっくり返したりして見比べている。
 どうやら、悩んでいるらしい。
 しばらくそうしていたが、やがて決心したように一枚を棚に戻した。
 もう一枚を持って、レジに向かう。
 金を払い、商品を受け取る。
 店員の、いかにも作ったような「ありがとうございましたー」という高い声を背に店を出る。
 購入したCDを鞄にいれ、一度嬉しそうに笑った。
 家に向かう。
 家に着いた。
 ドアのカギを開け、小声で「ただいま」と言う。家には誰もいないらしい。それを気にした風もなく、部屋へと向かう。
 鞄を下ろして、制服を脱ぐ。
 それから、早速CDを開いた。
 プレイヤーにCDをセットして、すぐには再生せず、台所へ向かった。
 紅茶を入れて部屋に戻ってくる。
 それからソファに腰掛けて、リモコンでCDを再生した。
 静かな音が流れ出す。
 ピアノの旋律、弦楽器の独奏、管楽器の重奏。
 ユウヤは満足したように頷いた。
 CDケースに手を伸ばす。
 ジャケットには、黄色を基調とした、生き物なのか物なのか判らない絵が載っている。
 そしてこう書かれていた。

「ビタミンC 〜肌年齢を取り戻そう!〜 By ヴィタミンC」



タツヤのある一時[散文100のお題/69.サンドイッチ]

 タツヤが立っていた。
 困ったように何かを見比べている。
 とあるコンビニの、パンやおにぎりが置いてある棚の前だ。
 おにぎりとサンドイッチを、しきりに見比べている。
 どうやら、迷っているらしい。
 財布を取り出して所持金を確認し、決心したように顔を上げた。
 おにぎりを棚に戻し、サンドイッチを持ってレジへ向かう。
 お金を払って商品を受け取る。
 バイトなのか、やる気のなさそうな店員の声を背に店を出た。
 袋の中のサンドイッチを見て、嬉しそうにニヤリと笑う。

 公園に向かう。
 公園に着いた。
 公園では子供たちが無邪気に遊んでいる。
 タツヤは誰もいないベンチを見つけて、腰を下ろした。
 袋の中からサンドイッチを取り出す。
 がさがさと包装を外す。
 包装は丸めて袋の中に入れた。
 サンドイッチはカツサンドらしい。
 好物なのか、嬉しそうにタツヤは笑った。
 それからサンドイッチを口へ運ぶ。
 と……

 ガッ

 と嫌な音がして、脛に激痛が走った。
 子供の三輪車が激突したのだ。
 弾みでサンドイッチを落としてしまう。
 固まってしまうタツヤ。
 半泣きになって謝る子供に、大丈夫さと手を振った。

 その笑顔はどこか虚ろなものだった。



ゲーム名[散文100のお題/73.ドミノ倒し]

「何してるの?」

 ミチコが聞いた。
 タツヤがそちらをチラリと見て、それから答える。

「ドミノ倒し」
「ドミノじゃないじゃない」
「見つからなかったから、代わりにコインでやってるんだよ」
「あれ? 前にユウヤとドミノしたんじゃないの?」
「あいつのは、マグネット製のドミノなんだよ」

 ふーんと呟いて、ミチコは静かに床に腰を下ろした。
 タツヤは一心不乱にコインを一列に並べている。
 何処から調達したのか、ゲーム用のコインが三十枚ほど並んでいた。
 カップの中には、まだまだ大量のコインが残っている。

「ねえ、楽しい?」
「ああ」
「どれだけ並べるの?」
「それがさ、いくつ並べられるかということに熱中してきたんだよ」

 ミチコが呆れたようにため息をついた。


「それドミノ倒しじゃなくて、コイン立てじゃない」



幽霊[散文100のお題/82.生徒会室]

 今は使われていない生徒会室がある。
 その生徒会室の窓越しに、人影を見たという話が、最近広まっている。男の制服を着た人影が、ぼんやりと窓際に佇んでいるのだという。

「どう、思う?」

 タツヤが聞いた。

「どうって言われてもね。見間違いじゃない?」
「でも、何人も見てるんだよ。僕は、不良あたりが溜まり場にしてるんだと思う」
「…お前らな」

 タツヤが呆れたように言った。
 ミチコが、心外だと言わんばかりに眉を顰める。

「でもねえ。幽霊だとは思わないしね」

 ユウヤがおっとりと言った。

「でも意外よね。ユウヤは、幽霊とか信じてると思ってたわ」
「そう?」
「俺は信じてるぞ」

 タツヤが言った。
 一瞬、ミチコとユウヤが物凄い顔で、タツヤを見た。

「え、ホントに信じてるの?」
「その冗談笑えないわよ」
「悪かったな」

 憮然としてタツヤが言う。

「いや、悪くはないけど」
「そうそう。信じるものは人それぞれだしね」
「でも…」

 ミチコが言った。


「人って、本当に見かけによらないわね」



ケーキ[散文100のお題/84.なかったことにして]

「タツヤ、遅いわね」

 紅茶を飲みながら、ミチコが呟いた。

「そうだね」

 ユウヤがおっとりと頷く。こちらの手にも、紅茶のカップが握られていた。

「遅刻にも程があるわ」
「うーん…部活の顧問からの呼び出しだから、複雑な話なんじゃない?」
「そう? それにしてもねえ」

 言いながらミチコは、ちらりと視線を動かした。
 その先には…ケーキの箱。

「早く食べてあげないと、ケーキに失礼だわ」
「もう僕らで食べちゃおうか?」

 ミチコが一瞬考え込んで、無言で頷いた。

「じゃ、切るよ」

 ユウヤが包丁を入れる。
 カップケーキが二つに分けられた。
 おいしそうにそれを頬張る二人。

「んー、やっぱり、前田のケーキはおいしいわ」
「ん。ケーキはやっぱり前田だよ」

 食べ終えて、紅茶を口に運びながらうっとりと言う。
 と、ミチコが思い出したように言った。


「ね、ケーキは最初からなかったことにして」








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