コトの始まりはいつも唐突である 〜prologue〜



「暇そうだな」

 そう声をかけられて、私は本から顔を上げた。
 声をかけたのは悪友と評してもいい幼馴染の男で、彼は私と視線が合うとニヤリと笑った。彼がそう笑う時は、ロクでもない話を持ち込むことが多い。

「暇じゃないさ。本を読むのに忙しい」

 念の為、私は予防線をはった。この前のように「暇なら金色のリュウを探しに行こう」などと言われては堪らない。

「それは残念だな。興味がありそうな話があるのに」

 彼はそう言って、私の向かいの席に腰掛けた。仕方なく本を閉じて側らに置く。

「お前、イザンゲを知っているか?」

 彼はそう尋ねた。イザンゲという名に、聞き覚えはない。

「知らん。誰だ」
「俺の母方の伯父の奥方のご実家の跡取りだ」
「…で、そのお前の母方の伯父上の奥方のご実家の跡取りがどうしたのだ」
「お、動じないか。もっと突っ込みが入るかと思ったが」
「突っ込んで欲しいのか」
「いや、『そんな奴をどうして俺が知っていないといけない!』とか、『お前の家の家系図など把握していない!』とか、あるだろう」
「何年の付き合いだと思っている。いちいち突っ込んでいられるか」

 私がそう言い放つと、彼は心なしか寂しそうにため息をついた。それでもすぐに気を取り直して、身を乗り出してくる。

「で、まあ、そのイザンゲだが。アイツの友人に、キテソスイ研究所で研究をしている男がいるらしくてな、その男が今度、ここに来るというんだ」
「ほう」

 私は感嘆を漏らした。キテソスイ研究所とは、アルタイ山脈を越えたところにあるミエホソス王国の国立研究機関で、ミエホソス王国以外の国からも優秀な人材が集まる。そこで研究をしているというのならば、よっぽど勉強が出来る男なのだろう。

「何をしに来るんだ」

 問えば、友人は軽く肩をすくめた。

「よくは分からないが…何か神話とかこの地方の話とかを集めているらしいぜ。で、友人のイザンゲを頼って」
「ははあ。で、それがどうした」

 私が本に手を伸ばしながら聞くと、友人は僅かに眉を寄せた。私がそれほど乗ってこないのが気に食わないらしい。

「それでイザンゲが言うには、プレシャ教の司祭の話が聞きたいというのさ」

 プレシャ教は大陸では珍しく闇を神聖なものとして崇める宗教で、かつては大陸でも一般的な宗教であったそうだが、現在ではアルタイ山脈のこちら側、つまりハルサイ地方でしか信仰されていない。かくいう私もプレシャ教の信徒だ。

「成る程。司祭を紹介しろというわけだな」
「ああ。頼めるか」
「おそらくは。いつ来るんだ?」
「今日だ。イザンゲは予定があるらしくてな。迎えにも行って欲しいそうなんだよ」

 友人は再び身を乗り出した。

「お前、結局のところ暇なんだろ?」

 私は黙って肩をすくめた。彼の私を巻き込もうとする手腕には、お手上げだった。

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