津堅雑記




 この島は僕にとって常夏の島だ。

 2月の暮れに訪れても、島は夏のように僕を迎えてくれた。フェリーを下りてからずっと漂う磯の香り。日差しはすぐにでも海に入りたいくらい強烈だった。

 島をぶらぶら歩く。子供の頃に見た、夏の風景だ。日差しのせいで白っぽい視界、黒々とした建物の影、ひらりと飛ぶ蝶々。

 日差しが弱まる頃を待って知人を訪ねると、彼らは僕を覚えていてくれた。交わされる歓迎の言葉。語られる彼らの人生。家族の話。子供の頃の生活。戦争体験。戦後の暮らし。仕事の苦労話。そして、この島の話。彼の話は尽きない。僕はただメモを取りながらそれを聞いていた。結局、昼間に島を2周したのと同じだけの時間、知人宅に滞在した。知人は僕のためにわざわざニンジンを集めて持たせてくれた。

 夜。太陽が沈んでも夏の気配は消えない。扇風機のない宿の部屋で、まんじりと過ごす。


蒸し暑き夜に 宿の窓開けて 不意に驚くは 磯の香り




 翌日、僕は島を辞した。日差しは相変わらず強烈で、やっぱり夏のようだった。

 4〜5年程前、初めてこの島に訪れた時は、大雨に遭遇した。夏の真っ最中、夕方に突然降りだしたスコールだった。

 その数ヶ月後、2度目にこの島に訪れた時に知人がぽつりとこぼした言葉を思い出す。「この島は山がないから、雨が降らない。雨雲がかからないから」。水平線の向こうに見える沖縄本島が雨の時でも、この島にはなかなか雨が降らないというのだ。

 強烈な日差し、そして雨が降らないことは、この島にそれなりの試練をもたらしただろう。知人の話には、井戸についてのエピソードがいくつかあった。苦労をしのぶ。けれども、やっぱり僕にとってこの島は常夏の島だ。




<津堅雑記>
港から旅館へ向かう道程に漂う潮の香「もう夏なのか」
荷物より重たきものを密か持つ 日差しの下で背筋が寒い
「からまつはさびしかりけり」。津堅ではギンネムになり、続きは同じ
なつかしき恩人に会い安堵するただ歳だけが流れていた
話、話、話、話、これが人生の長さなのか
フェリーより持ちし重さを脱ぎ捨てて背負う荷物の更に重たし
持たされたニンジンの重さに比べ我が言動の軽さがつらい
シンプルに考えようと決意して初めて思う懐かしいと
「リンゴは喜んで頂けましたか、お元気そうで安心しました」
離れゆく船からは見ず 島影は感傷を呼ぶ常夏の島


<3つの海>
なつかしき思い出の島旅ゆけば新たに出会う3つの海
ざわめいて船を浮かべている海の見慣れた姿 何も思わず
打ち寄せる波に恐怖を覚えたり襲い来る海に一人なれば
琉球石灰岩の林を抜ければ白き砂浜に我は出でり
ウミイシの迷路を逃げる余所者の自分の姿がおかしくもあり
安らぎは僅かだけれど、ふいに出た静かな海にしばし安堵す
眼前に小島を見やる ガラスのような青き水面に浮かぶ小島を
静けさは死を思い出す。波打ち際に貝の死骸がぽつぽつとある
きらきらと港の海が光っている旅館の窓の少し向こうで
光る海の港へ向かい船に乗る見慣れた海は座席の下に




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