鳥とガーゴイル





 風の強い日でした。
 雨の強い日でした。
 一羽の鳥が、滝のように流れ落ちる雨の合間を飛んでいました。鳥の羽は水を吸って重たく、今にも力尽きて地面に叩きつけられてしまいそうです。
 やがて鳥は、眼下に家の屋根を見つけて降りて行きました。けれども、風の方向は定まらず、軒下にいても雨は無情に四方八方から吹き付けてきます。
 声が聞こえたのは、鳥が力なく軒下に倒れた時でした。

“こちらへおいで。雨が凌げる”

 鳥はなけなしの力を振り絞って、よろよろと声のする方へと向かいました。
 声をかけたのは、その家の屋根にいたガーゴイルでした。ガーゴイルは背中から羽を生やし、醜い顔をしています。ひょろひょろと長い手足を窮屈そうに折りたたみ、雨どいの排出口を頭上に捧げ持つのが彼の仕事でした。

“私の膝の上へ。軒下よりは雨が凌げるでしょう”

 鳥はガーゴイルの勧めに従って、彼の長い膝の上へと体を横たえました。多少は雨が凌げるようになりました。おまけに、冷たい石の体のはずなのに、ガーゴイルの体温が鳥を温めてくれるようです。
 きっと恐ろしい見かけとは違って、優しい人なのだろうと、鳥は思いました。鳥はガーゴイルへお礼を言おうと思いましたが、ほっとしたと同時に睡魔が襲ってきて、ガーゴイルの膝に体を押し付けるように丸まって眠ってしまいました。
 雨は一晩中降り続きました。けれども翌朝には、東の空から顔を出した太陽が、雨雲を西の空へと追い払いました。
 鳥はガーゴイルの膝から降り、体をぶるぶると振って羽から水を飛ばしました。ぐぐーっと伸びをしてから、先ほどの水がガーゴイルに跳ねたのではないかと心配になってそちらに視線をやると、ガーゴイルは相変わらず排水口を頭上に掲げたまま、東の空を見つめていました。

“良い朝ですね。昨夜はどうもありがとう”

 鳥はガーゴイルの近くによって、そう話しかけました。

“良い朝ですね。調子はどうですか?”

 ガーゴイルは、東を向いたまま答えます。それもそのはずで、石像の彼は自由に姿勢を変えることが出来ないのでした。

“もうすっかり平気です。太陽で羽を乾かせば、すぐにでも飛び立てる”
“それは良かった”

 ガーゴイルはやっぱり東を向いたまま答えます。その声はどこか寂し気で、鳥は心配になりました。そこで鳥は、太陽で自分の羽がすっかり乾くまで、ガーゴイルの膝の上で様々な話をしました。ガーゴイルの見つめている東には、見たこともない植物が生えていて、見たこともない生き物がいて、見たこともない建物があって、見たこともない服を着た人々が歩いている。
 ガーゴイルは、鳥の話を楽しそうに聞きました。鳥はそれが嬉しくて、自分の旅の様子を次から次へと話して聞かせたのです。
 そうするうちに太陽は次第に高くなって、鳥の羽はすっかり乾きました。別れの時間が近付いていました。

“じゃあ、もう行くよ。ありがとう”
“こちらこそ素敵な話をありがとう”

 鳥はばさりと翼を羽ばたかせて、空に舞い上がりました。鳥は名残惜しそうに屋根の上を2回くるくると回りましたが、やがて西の空へと消えていきました。
 それから鳥は、ガーゴイルのいる国を訪れる度にガーゴイルのもとへとやってきて、色んな話を聞かせました。ガーゴイルも鳥の訪問を嬉しく思っていました。
 それから数年が経った、ある年のことです。その日は雨と風が激しくて、鳥はガーゴイルの元へは辿り付けず、ガーゴイルのいる屋根よりも手前の時計台で一晩雨を凌ぎました。本当に雨と風の激しい夜でした。雷鳴が轟き、稲光が家々の屋根を照らしました。けれども翌朝になれば、雨雲はすっかりどこかへ消え去って、晴れ晴れとした空が広がります。鳥はガーゴイルの元へと急ぎました。
 ガーゴイルのいる屋根の上空へ着いた時、鳥は眼下の光景に息を呑みました。屋敷の東の一角が崩れていて、そこで排水口を捧げ持っているはずのガーゴイルがいないのです。
 やがて鳥は、地面に詰まれた瓦礫の中にガーゴイルの姿を見つけました。昨夜の落雷で屋敷の一角が崩れた時に、ガーゴイルも一緒に落下したようです。体には無残にもヒビが入っていました。
 鳥は大声で呼びかけました。けれども、ガーゴイルからの返事はありません。
 鳥はガーゴイルの上を、ぐるぐると何日も何日も回り続けました。それからその体をガーゴイルの隣に横たえて、そっと目を閉じました。鳥はガーゴイルの側で息絶えたのです。


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[090117/一部改編]







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