夜の虹

〜シャンロー邸の風見鶏が語ったこと〜





山の端から顔を出した月が言いました。

「こんばんは。太陽を見かけませんでしたか?」
太陽はとうに、西の海に沈みました。
「そうですか。それでは早く追いかけることにしましょう」
急ぎの用事ですか?
「太陽に伝えることがあるのです」

そうして月は語ってくれました。



少年がいました。
少年は写真を見るのが好きでした。特に、虹の写真が。
何色ものラインが空にアーチを作るその光景が、少年は好きでした。
しかし少年が見るのはいつも、四角く切り取られた印画紙の中の虹でした。
少年は日の下に出ることが出来なかったのです。
少年の体は、日の下に出るにはあまりにもひ弱でした。
少年の瞳は、日の光を映すにはあまりにも無力でした。
それなので少年は、写真を見るのを好んだのです。



「私一人では、何もしてあげられません」

話し終えた月が言いました。

「だから、太陽に協力を頼もうと思ったのです」
しかし太陽は、すでに寝床に戻って休んでいることでしょう。
「そうなのです。太陽は足が速くてなかなか追いつけません」
明日、太陽を見かけたら伝えておきましょう。
「お願いします。それでは、よい夜を」

少し話しすぎたのか、月は大急ぎで空を昇って行きました。






翌日、山の端から月が顔を出しました。
しかしその日の月は、何か用事があったのでしょうか。
いつもよりおめかしして、私に挨拶をするとすぐに昇って行きました。






次の日、いつものように月が山の端から顔を出しました。

「こんばんは。太陽を見かけませんでしたか?」
太陽はとうに、西の海に沈みました。
「そうですか。それでは早く追いかけることにしましょう」
急ぎの用事ですか?
「太陽にお礼を言おうと思ったのです」
ゆうべは美しい夜でした。
「ありがとう。少年も喜んでくれていました」

月は優しく微笑みながら、空を昇って行きました。

少年がゆうべの出来事を忘れることは無いでしょう。
夜空を走る色彩のアーチ、彼のために現れた光の弓を。
月は、月と太陽は、少年の願いを叶えたのです。
彼らは、少年のように空に思いを馳せる者を見捨てはしません。
常に貴方達を見つめているのです。


ほら、今日も東の山の端から、月が顔を出しました。


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[090117/一部改編]