怖いもの[散文100のお題/1.10000]
「大丈夫か? 何か悲鳴が聞こえてきたけど」
窓から、タクヤがひょっこり顔を出した。
「だ…大丈夫」
ミチコが答える。
それからハッとして、落としてしまったビーカーの破片を拾い始めた。
タクヤが身軽に窓を乗り越えてきて、手伝った。
「で、何があったんだ?」
二人で破片を拾いながら、尋ねる。
「ゴキブリがいたの」
「何処に?」
「掃除用具入れ」
「ふうん」と呟いて、やにわにタクヤは立ち上がる。
「開けないでよ!」
「もういないって。ホウキ取らなきゃ」
タクヤが取っ手に手をかける。
ミチコは、いつでも逃げられるように立ち上がった。
「ホラ、いないじゃん」
タクヤが勝ち誇ったように言って、ミチコが胸を撫で下ろした。
「悲鳴あげるほど怖いかぁ? ゴキブリって」
「怖いよ!」
「ただの虫じゃん」
「それでも怖いよ」
「そうかぁ?」
「あ、でも」
ゴミ袋の口を結びながら、タクヤが思いついたように言った。
「アレなら怖いかもしれない」
「アレって?」
ミチコに尋ねられて、タクヤはおもむろに口を開いた。
「10000匹のゴキブリ」
花の香り[散文100のお題/2.フレグランス]
花の香り。
白い大きな、夜に咲く花の香り。
甘く、それでいてスッキリした香り。
風に乗ってふんわりと。
どこからだろうと視線をめぐらせると、黒い制服に包まれた背中が見えた。
「前田さん」
思わず声をかけてしまった。
あなたが振り返って、「何か?」と目で問いかける。
「あ、いやその……何でもありません」
私の様子がおかしかったのか、あなたが微かに笑みを浮かべる。
私もつられて笑みを浮かべた。
なごやかな雰囲気になったので尋ねてみる。
「香水とかつけてます?」
「ええ。本当はいけないのだけれど、ね」
「いい香りですね」
「ありがとう」
ふんわりと、あなたが笑う。
あなたのつけている香水の香りのような笑顔。
甘く、それでいてスッキリした。
ああ、まったく、残念でならない。
あなたと遭えると分かっていれば、バイトじゃなくてちゃんと就職した。そうすれば、
今頃はあなたと肩を並べていたはずなのに。
「じゃあ、仕事中だから…」
「あ、はい。……引き止めてすみませんでした」
あなたは軽く礼をすると、きびすを返して去ってゆく。
その拍子に、私の鼻に届く香り。
花の香り。
白い大きな、夜に咲く花の香り。
甘く、それでいてスッキリした香り。
風に乗ってふんわりと。
タイミング[散文100のお題/3.間]
「ねえ、コレなんて読むと思う?」
そう言ってミチコが見せた紙には、「間」という文字が記されていた。
「んーと、『アイダ』じゃないか?」
「普通、そうだよね」
納得したように言うミチコに、タクヤは尋ねる。
「他になんて読むんだ? 『カン』とかか?」
「それがねえ……」
ため息をつきながら、ミチコは言った。
「ユウヤが『マ』って言ったのよ」
「………『マ』か。それはちょっと、一番初めには出にくいな」
「でしょ? ビックリしてさ」
「どう使うんだ?」
「『間が悪い』とかじゃない?」
「あー、そうだな。でも、普通は『アイダ』だよな」
「そうだよね。ユウヤは、ちょっと人とずれてるというか」
「ぬけてるんだよな」
「まあ、悪く言えば……ね」
「で、加えて…」
と、ガラリと扉が開いた。
その向こうから顔を出したのは――――ユウヤだ。
「アレ? 二人ともどうしたの? 固まっちゃって」
無邪気に尋ねてくる。
タクヤがぼそりと呟いた。
「加えて、間が悪いんだよな」
意味[散文100のお題/4.実らない果実]
「実らない果実には、意味がないと思う?」
「さあ?」
「ちゃんと考えてよ。課題なんだから」
「何の課題だよ?」
「大学の、哲学講座」
「そんなの、自分で考えろよ!」
「人の意見も聞こうと思ったんじゃない」
「お前はどう思うんだよ?」
「私は……意味はあると思うわ」
「そうか?」
「ええ。実らなかったということに意味があるの」
「分かるような分からないような意見だな」
「じゃあ、あなたはどう考えるのよ」
「………俺は、意味なんてないと思うよ」
「どうして?」
「だって、実らなかったんだろ? 実らなきゃ、果実じゃないじゃん」
鳥[散文100のお題/5.虚ろ]
「私は、あの鳥が怖いのだよ」
土色の着物を着た男が言った。
「あの籠の中の鳥が、かい」
私が返した。
「そう。翼を切られ、枷をつけられたあの鳥が怖いのだよ」
「あの鳥は、君に危害を加えやしないさ。何を怖がることがある」
「それでも私は、あの鳥が怖いのだよ」
私はため息をつく。
「君には見えるのだね。あの鳥は…」
少し、言いよどむ。
「あの鳥は、曰く付きの鳥なのだよ。私の古い友人が今朝、持ってきたのだ」
と、土色の着物の男が、静かに首を振った。
「何も見えない。あの鳥には何も見えない。それが、怖いのだよ」
「何も見えない?」
「ああ。あの鳥には何もない」
彼は、鳥を指差しながら言った。
「虚ろな瞳」
成る程、確かに何を見ているのか分からない。
「虚ろな体」
小さな、羽を切られてしまった体なれば。
「虚ろな魂」
そう言われてみれば、そのように思えた。
「これではもう、鳥ではないではないか」
彼の話を聞く内に、私もその鳥が怖くなって、その鳥は翌日には持ち主に返した。
虚ろな瞳。
虚ろな体。
虚ろな魂。
鳥よ。
何が君をそうしたのか。
名前[散文100のお題/6.海鳥]
「ウミネコっているでしょ」
唐突にユウヤが言った。
「あれ、海にいる猫だと思ってたんだよ」
「うわ、恥ずかしいな」
タクヤが返す。
「そもそも、海に猫が住んでるわけないじゃん」
「いや、海の家とかで飼われている猫なのかなと思ってさ」
小さい頃の話だけど、とユウヤは付け加えた。
「そもそも、どうしてウミネコって言うんだろうね?」
「アレだろ、鳴き声が猫に似てるから」
「どうせなら、もっと分かりやすい名前にすればいいのに」
「例えば?」
「例えば…ネコゴエとか」
「……分かりにくいだろ、ソレ」
「そう? じゃあ、ネコナキドリっていうのは?」
「お、何か良さげだな」
「でしょ」
「でもさ」
おもむろにユウヤが言った。
「何だ?」
「自分で話だしといて何だけど、数学の補習中にする会話じゃないよね」
「…そうだな」
「……先生戻ってこないね」
「……そうだな」
二人して、戸口を見やる。
どこかで猫が、ニャーと鳴いた。
くされ縁[散文100のお題/7.γ線]
「まるでγ線みたいだ」
そうヤツが言った。
ヤツの言うことは、俺には理解できない。
俺をγ線に例えたのは、俺の人生上ヤツが初めてだ。
本当に意味が判らん。
何が言いたいんだ? ヤツは。
しばらく考えてみたが、答えは出ない。
そりゃそうだ。
ヤツと違って、こちとらは凡人だ。
ヤツのように感覚がぶっ飛んでいるワケじゃない。
もうちょっと分かりやすく言えよ。
会話ってのは、言葉のキャッチボールだろ。
頼むから、変化球を投げてくるなよ。
「どういう意味だよ」
「どうって……そのままの意味さ」
それが判んねえから聞いたんだよ。
何だって、そんなに不思議そうなんだよ?
普通の感覚のヤツなら、急にγ線なんて言われても理解出来ねえって。
ったく。
ムカつくぜ。
何がムカつくって、こんなのとずっと友達やってる俺がムカつく。
すっぱり切れてしまえればいいんだが…そうもいかねえ。
目に見えない、言い表せない何かが、切れようとする度に邪魔しやがる。
くそっ。
これがくされ縁ってやつか。
俺は深くため息をついた。
結局、今日に至るまで、俺はヤツが何を言いたかったのか判らんままだ。
まったく。
γ線みたいな人間ってどんな人間だよ?
俺はそんなに変な人間じゃないぞ。
ありえない話[散文100のお題/8.硝子の境界線]
「ガラスがあるのにさ、ないと思ってぶつかったことってないか?」
「……網戸ならあるよ」
「恥ずかしいよな」
「まあね。でも……急にどうしたの?」
「いや、ちょっとバカなこと考えついたから」
「何?」
「もし、国と国との境界線がガラスで仕切られていたらってさ」
「いたら、どうなるの?」
「密入国者とかがぶつかって面白いのになって」
「…まあ、ありえない話よね」
「それを言っちゃあ…身も蓋もないじゃないか」
今、この瞬間で[散文100のお題/9.時計の針]
「時計の針を戻せたらいいのにね」
あなたが言う。
「何故そう思うんです?」
「今が幸せじゃないからかしら」
「幸せではないのですか?」
「不幸というわけじゃないけれど」
あなたは少し寂しそうに微笑む。
どうか、そんな顔をしないで下さい。
私はあなたにそんな顔をして欲しくないのです。
あなたには優しく微笑んでいて欲しいのです。
「前田さん、幸せはその辺に転がっているものですよ」
「そうかしら?」
「ええ。例えば、私はこのマドレーヌを食べていると幸せだなあと感じます」
それに。
あなたとこうしてお茶を飲めるなんて、これ以上の幸せがあるでしょうか。
あなたはふんわりと微笑んで、
「そうね。あなたとこうしてお茶を飲めるのも、幸せですものね」
もし、叶うなら。
今、この瞬間で、時計の針を止めてしまえたらいいのに。
鳥として[散文100のお題/10.烏]
「先日の鳥は、もういないのかい?」
土色の着物を着た男が、そう尋ねた。
「ああ、もう返したよ」
私が答える。
彼はまるで興味を失ったかのように、ふうん、と呟いた。
それから、窓の外へと視線を移す。
窓の外では、黒い鳥が木にとまって鳴いていた。彼が怖がった鳥と同じ、黒い鳥。
ふと悪戯心が湧いて来て、私は彼に尋ねた。
「あの窓の外の鳥は、怖くはないのかい?」
すると彼は低く呟いた。
「あの鳥は怖くはない」
「何故? 君が怖がった鳥と、どう違う?」
「……」
彼は少し考え込んで、静かに頭を振った。
「何もかもが違う」
「どう違う?」
「あの鳥は、虚ろではない」
「そこだ」
私は言った。
「その意味がよく把握できない。飛べない鳥は鳥ではない、ということか?」
「君は、鳥の本質とは何か、考えたことはあるかい?」
彼がこちらを向いて、言う。
「本質?」
「ああ、鳥と私達を区別せしめているものとは、一体何か」
考えたことはなかった。
鳥は、鳥ではないか。
「判らんな」
「それは、飛ぶことだよ」
「飛ぶこと…」
「彼らは大空を手に入れた。私達はそれに焦がれるだけだ」
「……」
「鳥を鳥たらしめているものが、鳥には溢れている」
「どういうことだ?」
「鳥の瞳にも、あの小さな体にも、その広大な魂にも」
「『飛ぶ』という本質が溢れている、と?」
彼は静かに頷いた。
「……難しい話だな」
「そうか?」
「君の話はいつも難しい」
私はそう言いながら、微かに笑みを浮かべた。
脳裏に浮かぶのは、彼が恐れた、あの虚ろな鳥。
鳥よ。
鳥のカタチをした虚ろな何かよ。
鳥として。
生き返れ。
早口言葉[散文100のお題/11.みぞれ]
みぞれ
みぞれ
みぞれ
みそれ
あ、「みそれ」って言っちゃった。
いけない、いけない。
みぞれ
みぞれ
みぞれが降るぞ それみぞれ
見それ それ見ろ それぞ「みぞれ」ぞ
みぞれ
みぞれ
みぞれ……
何だか「みぞれ」の意味が判らなくなってきた。
素朴な疑問[散文100のお題/12.喉]
彼女は
声が喉にひっかかっているようだ。
言いたいことはあるけれど
それを言葉に出せないようだ。
一方、僕は
喉がなめらかすぎるようだ。
言いたいことが次々と
言葉となって出すぎるようだ。
僕の喉と彼女の喉は
きっと、どこか違うのだろう。
人は性格の違いと言うけれど
絶対、喉が違うと思うんだ。
僕の喉と彼女の喉を、足して2で割れば きっと
僕も彼女も困ることはないと思うんだけど。
どうすれば僕らの喉を、足して2で割れるのか
僕には分からない。
二つの星空[散文100のお題/13.鏡]
まるで鏡のようだと、彼は言った。
満点の星空が写って、まるで鏡のように見えるのだと。
微かな潮騒が耳に届く。
夜の防波堤に一人、彼の言葉を噛み締めた。
暗い海はどこまでも果てしなく。
深く、星々を飲み込んでいる。
本当に鏡のようだと、ぼんやりと考えた。
何をしに来たのだろう。
彼の生まれたこの島に立って、何を?
ただ、彼の原点を知りたかった。
彼の意思を受け継ぐために。
何が彼をそうさせたのかを、知りたかった。
海面に写った月が、カタチを変える。
涙が流れた。
彼はここに立っていたのだ。
夜の防波堤に。
空と海との間に。
二つの星空の間に。
そして。
この宇宙の真ん中に、立っていた。
その日、世界は[散文100のお題/14.あなたのいなくなった日]
その日、世界は姿を変えた。
自然は隠れ。
禁忌は薄れ。
人は驕り。
闇は失せ。
その日、世界は姿を変えた。
人は恐怖を壊し。
人は恐怖を求め。
人は恐怖を作り。
人は恐怖を喜び。
その日、世界は姿を変えた。
妖怪と呼ばれる、偉大で超越的な何かよ。
あなたがいなくなった日、世界は姿を変えた。
Diver[散文100のお題/15.意識という深い海]
飲み込まれる!
そう思った瞬間、俺は、ソレに飲み込まれていた。
“アサギ、無事かい?”
スオウが通信を送ってくる。
“かろうじて。早く助けてくれよ”
“今カイハクが行くよ。それまで、取り込まれないようにね”
“了解”
通信を切って、俺は深くため息をついた。
いくら仕事とはいえ、何度経験しても慣れることがない。
人の精神世界に入り込むことは。
こういう仕事をしていると、人間ってのが、いかに凄い生き物かが分かる。
人間ってのは、素晴らしくて、怖い存在だ。
その身の内に、暗くて深い海を抱えている。
「意識」と呼ばれる深い海。
その中に入り込んで、その人の記憶や感情を探し出すのが、俺達の仕事だ。
重要な仕事だと、頭ではわかっているけど。やっぱり、慣れるものじゃない。今日みた
いに、意識に飲み込まれることもあるし。
“アサギ。どの辺だ?”
カイハクからの通信に、慌てて座標を送る。
“届いた?”
“ああ。(Dx−2000,Dy−6503,Dh−8135)だな”
“うん”
“すぐ行くから、待ってろよ”
そういえば、カイハクやスオウはどうなんだろう。この仕事に疑問を持ったことはない
んだろうか。
長年仕事をしているけれど、そんな話をしたことはなかった。
今度、聞いてみよう。
とにかく、今はここから抜け出せるようにしなくては。
俺は手早く精神銃をセットして、立ち上がった。
慣れない、なんて言ってみても仕方ない。
俺は明日も、ここで戦わなくちゃならないんだ。
この、意識という深い海で。
遠い記憶[散文100のお題/16.心音]
鳴り響く太鼓の音を懐かしく思った。
打ち鳴らされる太鼓。
大太鼓も、締太鼓も、パーランクーも。
その音を聞くと、安心する。
遥か昔の記憶がよみがえる。
この世に生まれる前、母の胎内で聞いた心臓の音。
日常[散文100のお題/17.朝焼け]
正直なところ、徹夜明けの目には、その朝焼けは鮮やか過ぎた。
徹夜でRPGなんかするんじゃなかったぜ。
岳人(たけひと)は心の中で毒づいた。
そもそも、自分はこんなところに来る必要はなかったんだ。それを一也(かずや)のバ
カが……!
岳人はやり切れない怒りをぶつけるように、足元の小石を蹴った。
話は数時間前に遡る。
「岳人か? オレ、一也」
「お前が電話してくるなんて珍しいな。何だ?」
「いやー、お願いがあってさ」
「金は貸さないぞ」
「そうじゃなくて! ちょっと迎えに来てくれねえ?」
「何処に?」
「…坂下墓地」
「……お前、まさか」
「まさか?」
「しばらく会わない内に死んじまって、墓の下から電話してるわけじゃないよな?」
「変なこと考えるなよ」
「変か?」
「変だろ。常識的に考えてさぁ」
「常識的に考えれば、夜中の2時に電話してくるお前の方が変だ」
「…ごもっとも。スミマセン」
「という訳で、迎えには行かない」
「頼むよ。本当に足がなくて困るんだ」
「タクシーでも拾え」
「こんな時間にこんな場所で、タクシーが拾えるわけないだろ」
「それもそうだな」
「な、頼むよ。ちゃんとお礼はするからさ。友達だろ!?」
「うーん……」
「本当に頼むよ!」
「あー、わかったわかった」
「ありがとう!!!! 待ってるよ」
「なあ、出てきたついでに海に行こうぜ」
「海だぁ!? 誰が運転すると思ってんだよ!」
「岳人」
「てめえ、ここで降ろすぞ!」
「ごめんゴメン。でも、折角だから、さ」
「ったく」
海に付いた頃には、朝日が昇り始めていた。はからずとも、日の出を拝むことが出来た
二人である。
一也が、ヘヘヘと笑った。
「何だよ?」
「いや、オレのおかげだろ」
「あん?」
「オレのおかげで、こんな景色が拝めたんじゃん?」
「まあな」
「これがお礼な」
「っ…てめ!」
早朝の海に、二人の声が響いている。
言葉[散文100のお題/18.私の欠片]
「ねえ、自分自身って、一体どこまでだと思う?」
「質問の意味が、よく判らないけど」
「つまり、つま先から頭のてっぺんまでが自分なのだと思う?」
「そうじゃないのか?」
「勿論、そうなんだけど、そうじゃなくて……」
「?」
「えーと、例えば、言葉は自分の一部だと思う?」
「ああ、そういうことね。言葉は…そうだな、自分の欠片だと思うよ」
「そう…」
「急にどうしたんだ? また講座の課題か?」
「ううん。思いついただけ」
「そっちは、どう思うんだ?」
「同じよ。言葉も私の欠片、私の一部」
「そうすると、言葉ってのは大切なものってことになるな」
「そうね。大切にしていけたら、いいけど」
「そうだな」
プロフェッショナル[散文100のお題/19.手負いの獣]
「手負いの獣に、遭遇したことはある?」
アイツが、また意味の分からないことを言い出した。
「ねえよ」
「そう? 僕は、君と出会ったときにそういう印象を抱いたけど」
またかよ!
前回はγ線。
今回は手負いの獣。
一体、お前の中では俺はどんな人間になってるんだ?
しかも手負いの獣って、あまりいい意味じゃないだろ。
本人に面と向かって、そういうことは言うなよ。
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
この会話も何度目だ?
もう、心の中で悪態をつく気力もない。
最近の俺は、あきらめている。あきらめている、というよりも判ったんだ。
アイツとまともな会話を交わすことは、鳥と会話するよりも難しい。
それから、腐れ縁を切ることは、鉄を切ることよりも難しい。
まさに、鉄の鎖のようなものだ。 縁ってやつは。
まあ、別に縁を切りたいわけじゃないんだが。
ただ人並みな話がしたいだけなんだよ、俺は。
ってか、何で俺がこんなに苦労しなきゃならねえんだ?
アレか?
神様とかいうヤツは、俺が嫌いなのか?
ふざけんな。
神とやら。
お前もプロフェッショナルなら、好き嫌いせずに、仕事しやがれ!
ツッコミ[散文100のお題/20.耳を欹てて]
「何の呼び出しだったんだ?」
椅子に反対に腰掛けたタクヤが、尋ねた。
ミチコが答える。
「リナの欠席について聞かれただけ」
タクヤはふうん、と興味なさげに呟いた。
それから、ふと思い出したように、口を開いた。
「お前が指導室に入った後なんだけどさ…」
ミチコが指導室に入った後。
タクヤとユウヤはドアに耳をくっつけて、中の様子を窺っていた。
中の物音は、微かにしか聞こえない。
ふと、タクヤが言った。
「なんかさ、こうしてると『家政婦は見た!』みたいだな」
ユウヤはにっこりと微笑んで
「見た、じゃなくて、聞いた、だけどね」
「……ということがあったんだよ」
「アンタ達、何漫画みたいなことしてるのよ」
「いや、お前が何かやらかしたのかと思ってよ」
「だからって、盗み聞き?」
「結局、聞こえなかったんだよ。それよりさ…」
少し間をおいて、タクヤは言った。
「ユウヤに突っ込まれる日が来るとは思わなかったよ」
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