散文100のお題/21-40


手紙[散文100のお題/21.今日と明日との狭間]


〈砂の舞う国〉のカラサキへ

 久しぶり。手紙ありがとう。
 君の言う通り、石には不思議な力が宿っているように思ったよ。さぞかし、そのアスラ ンという石は美しいのだろうね。
 君の住む〈砂の舞う国〉へ行って見たいと思うよ。
 もう少しお金と時間が自由になるようになったら、きっと行こうと思う。
 その時は案内してね。


 さて、夜が嫌いだという話だけど。
 僕は…夜は好きだ。
 僕の国では、夜には星がとても綺麗に輝くんだ。
 人々はその星空を誇りに思っているし、大切にしている。星空を邪魔しないように、街 灯に傘を付けるくらいね。
 本当に綺麗な星空なんだ。
 それに、夜は特別な時間という気がしないかい?
 厳密に言えば、今日の延長なんだろうけど。今日でもなく、明日でもない、そんな時間 のように思えるんだ。
 僕はよくその時間に、文章を書いたり、考え事をしたりする。
 この手紙も、夜に書いているよ。
 「魔が降りる時」って言うのは本当なんだって思う。ろくな考えが浮かんでこないから ね。変な考えか、おそろしく鋭い考えかしか浮かばない。それが面白くて、僕は夜が好き なんだけどね。
 そういえば、散歩したりもするよ。
 昼間の散歩もいいけれど、夜の散歩は格別なんだ。月と星の光を浴びていると、すがす がしい気持ちになれる。月下美人やムーンフラワーなんかが、よい香りを放っていること もある。
 基本的に夜というのは、開放される時間なのではないかな。
 昼は人間の時間だろう?
 夜は人間以外の時間なんだ。
 だから、神聖な何かに、触れることが出来ると思う。

 と、話が長くなってしまった。この辺で終わるよ。
 でも、僕の国の星空は、本当にとても綺麗なんだ。
 君に見せてあげたい。そうすれば君も、きっと夜が好きになるよ。
 それでは、今回はこの辺で。

〈星の唄う国〉のサイヤより



意気込み[散文100のお題/22.皆無]


「可能性は皆無じゃないんだ」
 男が言った。
 そして付け加えた。

「ただし、限りなく低いけど」
「それで?」

 別の男が言った。

「それで、お前さんは夢を追い続けるつもりかね?」
「いや…」

 初めの男が答えた。

「俺は臆病者だから。達成できる可能性の低いことは追いかけない」
「そうかい」
「本当は……本当は追い続けていたいと思うけどね」
「何故、追いかけないのかね?」

 パイプをふかしながら、男が問う。
 問われた方は、しばらく考え込んだ。

「うん、やっぱり、俺が臆病だからだと思う」
「臆病」
「そう。臆病なんだ。失敗することが怖くて、追いかける勇気がない」

 男は自嘲気味に笑うと、相手はどうするのかを尋ねた。

「ふむ。私も追いかけはせんな」
「何故?」
「大人だからさ」
「大人」
「そう、大人だ。夢の叶わないことを知っている、大人」

 紫煙を吐き出して、男は笑った。
 男は、何かに疲れきった目を、していた。
 それから、パイプを別の男にかかげてみせて、吸うかと尋ねた。
 問われた男は首を横に振った。


 二人の男が話しをしていた。
 怯えた目をした男と、疲れた目をした男だった。
 男たちが話をしていた。
 夢という、彼らの目標の話をしていた。
 ただし、意気込みが皆無の、話だったけれど。



Exclusive[散文100のお題/23.相容れないもの]


 何を見るか。
 何を聞くか。
 何を受け入れるか。
 何を拒絶するか。
 何を見過ごすか。


 スオウは指を折りながら、言葉を並べた。

“この中で、大切なのは何だと思う?”

 俺が答える。

“…何を受け入れるか?”

 スオウはにっこりと笑って、顔を横に振った。

“何を見過ごすか、だよ”
“どうして?”
“人と、うまくやっていくためにさ”
“見過ごすことが、そう作用するわけ?”
“そう。世の中には、どうしても相容れないものがあるんだ”

 それから、少し間をおいてスオウは続けた。

“相容れないからといって、排除するわけには行かないだろう?”

 何だか、判ったようなそうでないような、変な気分だ。
 そうスオウに伝えると、それでいいよ、と答えが返ってきた。

“カイハクにも聞いてみるといい。面白い話が聞けるはずだよ”

 スオウがそう言ったとき、カイハクから通信が入った。

“任務完了。今から帰還する。サポートを頼む”
“了解。(Dx−101,Dy−2053,Dh−1186)より(ホーム)へ誘導する”

 スオウが返して、俺との通信を打ち切った。たぶん、モニター上のシグナルを追い始め たんだろう。
 スオウは、仕事になると目が真剣になる。カイハクも、普段は俺をからかったりするけ ど、仕事のときはまるで別人だ。
 やはり、すごい人物たちなのだ。
 何でも涼しい顔してこなしてしまうし、誰とでもうまくやれる。
 あの二人には、相容れないものなんて、ないように思われた。
 沈黙する通信機の前で、俺はため息をついた。
 悩んでいる自分を、小さく感じた。



Anziehungskraft[散文100のお題/24.万有引力]


「…やべぇ。まったく判らねえ!」

 俺は盛大な独り言と同時に、手にしていたペンを放り投げた。

「どうすんだよ、テストは明日で…」

 などと、誰に問いかけているのか判らない独り言をぶつぶつと呟く。

「あー…マジどうしよう? ……よし、こうなったら」

 机に突っ伏していた俺は、やにわに立ち上がって、

「団(だん)兄ちゃん! ちょっとここ教えてくれない?」

 俺は窓を開けて叫んだ。片手に教科書を持って、ひらひらと振ってみせる。
 と、隣の家の窓が、ガラリと開いて団兄ちゃんが顔を出した。

「叫ぶな! 来い」
「はーい」

 俺は、教科書と放り投げたペンを持って、団兄ちゃんの家へ向かった。
 団兄ちゃんは、隣に住む兄ちゃんで、土木の仕事をしている。昔から何かと世話になっ ている兄ちゃんだ。
 部屋の中には、団兄ちゃんの他に、巌(がん)さんがいた。
 巌さんは団兄ちゃんの友達で、プログラミングの仕事をしているらしい。「巌」なんて 怖そうな名前だけど、綺麗系の顔立ちをしている人だ。

「で、どこだ?」
「あ、コレ。物理なんだけど」
「あー…物理は俺の範囲じゃねえな」

 言いつつ、団兄ちゃんが巌さんへと視線を送る。

「どれ?」

 巌さんが身を乗り出した。

「コレ。ばんゆういんりょくって何?」
「物体が持っている引力のことだね。物体は、互いに引きつける力を持っているんだ」

 巌さんがそう説明してくれる。

「えーと…地球以外も、引力を持ってるわけ?」
「そう」

 突然、それまで黙って俺達の会話を聞いていた団兄ちゃんが言った。

「俺達がこうしているのも、万有引力のおかげかもな」
「どういうことだい?」

 巌さんが尋ねる。

「俺とお前が長いこと付き合ってんのも、轟(ごう)が教わりに来るのも、互いに引き合っ ているからかなって、思ったんだよ」

 巌さんはにっこりと笑って、そうかもね、と頷いた。
 何か、この二人の関係はいいカンジだと思う。
 まさに親友ってカンジ。

 ちなみに、俺が

「団兄ちゃんってさ……図体に似合わずロマンチストだね」

 と言って団兄ちゃんからゲンコツを貰ったのは、まったくの余談だ。



結末[散文100のお題/25.白煙]


立ち昇れ。

立ち昇れ。

どこまでも。



相棒と俺は、いい関係だった。
息はぴったりだったし、相棒は誰よりも俺の意思を酌んでくれた。
妻よりも相棒と過ごした時間の方が長いくらいだ。

相棒と俺は、いい関係だった。
俺も相棒も飛ぶことが大好きで、色んな空を相棒と飛んだ。
特に相棒は夜空を飛ぶと機嫌がよかった。

相棒と俺は、いい関係だった。
何度も相棒と死線を潜り抜けたし、互いの才能を引き出すことができた。
相棒がいたから俺はここまでやってこられた。

相棒と俺は、いい関係だった。
そう、いい関係だったんだ。
今では過去形で言わざるを得ない。


立ち昇る白煙を眺めながらぼんやりと考えた。
相棒は大好きな空へ昇っていくんだと。
2階級特進よりも勲章よりも、それが何よりの褒賞だろう。


白煙よ、立ち昇れ。
相棒の愛した空の遥かな高みまで。
相棒を連れて、立ち昇れ。


立ち昇れ。

立ち昇れ。

どこまでも。



ながれるいと[散文のお題/26.流れる糸]


 メモがあった。
 落ちていた。
 拾い上げたのは、ユウヤだ。
 メモには一言。
『ながれるいと』
 ユウヤはそのメモを、タクヤに見せた。そこへミチコがやって来た。
 三人で議論する。

「どういう意味かな?」
「流れる? 和がれる?」
「『いと』は…意図、伊戸、伊都…糸?」
「『薙がれる意図』じゃない? 意図を挫かれるって意味で」
「いや、『流れる伊都』で、単に伊都さんって人が流れているだけなのかもしれない」
「それ、意味判らないよ」
「あ、こういうのは? 落ち着くって意味で『和がれる意図』」
「意図が駄目になるって意味で『流れる意図』とか」
「もしかすると、『いと』は『〜と』って意味で、後ろに続くのかも」
「着物と何かが流れていて、『流れる衣と…』とか」
「簡単に考えれば『流れる糸』だよね」
「切る場所が違うのかも。流(ながれ)累斗(るいと)で人の名前とか」
「それ、無理があるよ」
「他にはあるかな?」
「うーん…」

 ひとしきり考えた後、ミチコがポツリと言った。

「意味なんてなかったりしてね」

 沈黙する三人。
 その後、メモは破棄された。
 三人は何事もなかったかのように仕事に戻った。
 結局、『ながれるいと』の意味は明らかではない。

 しばらく話題にはならなかったが、凧揚げをしていたユウヤが
「よく流れる糸だね」
 と言ったのをきっかけに、再び論争が巻きおこったことを追記しておく。



鹿鳴館にて[散文100のお題/27.きみのてのひらにキス]


 フロアに流れる異国の旋律。
 軽やかなステップ。
 異国の装いをした男女。

 正直なところ、こういった場は苦手だ。家で本でも読んでいたほうがいい。
 しかし昨今の女性達は、新しいものが大好きで、出会いを求めるならこういう場がうっ てつけだ。
 そう父上はおっしゃるのだが…。
 やはり私は、こういう場は、どうも苦手なのだ。
 まだ商談の方がずっとマシだ。先程までは、そう思っていたのだが。

「あら、浩さま。お久しぶりですわね」
「美代さん」

 壁にもたれてぼんやりしていた私に、きみが話しかけた。

「どうなさったの? うかない顔をしていらっしゃるけど」
「どうも私は、こういった場は苦手でしてね」
「あら、綾小路家の跡取りともあろう方のお言葉とは思えませんわね」
「ははは。商談ならば得意ですが…」

 言葉を切って、笑みを作る。

「貴女の様な美しい女性と話をするのは、緊張しますよ」
「ま、お上手ですこと」
「とんでもない。本心ですよ。どうすれば信じてもらえます?」
「そうね、私をダンスに誘ってくださるかしら?」
「もちろん、喜んで」

 苦手だ、苦手だと呟いておきながら、我ながら現金だと思う。
 その辺りは、まあ、おいておくとして。

「1曲、お相手願えますか?」

 きみのてのひらにキスしよう。



Erinnerung[散文100のお題/28.強い手と長い睫]


「うっわ、懐かし〜」

 アルバムを広げながら、俺は独り呟いた。
 部屋の掃除をしていると、ベッドの下からアルバムが出てきたのだ。大量の、口に出し て言えない様な類の本と一緒に。

「団兄ちゃん、若いなー。学ラン着てるし」

 何か新鮮だ。
 団兄ちゃんの高校はブレザーだった。学ランということは中学か。
 ふと、初めて団兄ちゃんに出会った時の事を思い出した。
 俺がまだガキで、自分の身の安全も省みず、何にでも興味を示していた頃だ。
 ガキというの基本的に、自分の身を守ることをしない。俺もそんなガキの独りで、蝶か 何かを追いかけて、道路に飛び出しかけた。
 飛び出しかけた、というのは実際には飛び出さなかったからだ。
 誰かが後ろから俺を抱きとめてくれたおかげで、俺はトラックに撥ねられずに済んだ。
 目の前を、クラクションを鳴らしながらトラックが走り去っていく。それが急に怖くな って、俺は、俺を助けてくれた力強い腕にしがみついた。
 まあ、それが団兄ちゃんだったわけで。
 それから、何かと世話になっている。
 そういえば、この、人様に見せられない類の本を持ってきたのも団兄ちゃんだ。俺が中 学に上がったときに、からかい半分で持ってきたのだ。
 巌さんが「冗談が過ぎるよ」とたしなめていた。
 巌さんといえば、巌さんと初めて会ったのは団兄ちゃんが高校に上がってからだ。
 いつも通り団兄ちゃんの家に遊びに行くと、綺麗な人がいた。
 髪もさらさらだったし、睫も長くて…。
 綺麗な人だな〜と思ってたら、よくみれば団兄ちゃんと同じ制服を着ている。男だ!  と認識するまでに時間がかかった。
 昔から綺麗な人なんだよ。アノ人は。

「しかしなぁ……」

 俺は軽いため息をついた。
 団兄ちゃんも、巌さんも、俺にとっては大切な人達だ。
 尊敬しているし、憧れている。
 人生の先輩みたいなものだ。
 しかし、その先輩方の第一印象が、「強い手と長い睫」ってのは。

「どうだろうなぁ…」



荒野の巨人[散文100のお題/29.指輪]


<鯨の歌声亭>で吟遊詩人が吟じた歌


一人の男が旅をしていた。
“太陽の昇る穴”を探して旅をしていた。
幾千、幾万もの山を越え、谷を越えて、
たどり着いたのは 広大な荒野。


荒野の真ん中に壁がそびえたつ。
鉄のような、銅のような、金のような、不思議な材質で出来た壁。
男は壁に近づいた。
壁は男の背丈よりも高く、荒野の真ん中でぐるりと円を描く。
入り口はなく、傷もない。
熱くもなく、冷たくもない。
男は狂喜した。
ついに見つけたのだ。
これこそ“太陽の昇る穴”。
かくて男の旅は終わった。


そこより遥か東。
幾千、幾万もの山を越え、谷を越えて、
たどり着く 東の果て。
“太陽の昇る穴”の側に一人の巨人がいた。
巨人は悩んでいた。
無くしてしまった指輪の在り処を考えて、悩んでいた。
鉄のような、銅のような、金のような、不思議な材質で出来た指輪。
巨人は知らない。
指輪が荒野にあることを。
それを“太陽の昇る穴”と間違えた男がいることを。


男と、巨人と、巨人の指輪。
その後を知る者は、誰もいない。



Conflict[散文100のお題/30.携帯電話]


『お前、今何処にいるんだよ!』

 電話口でカイハクが怒鳴っている。

「今は、自宅近くの公園に」
『何をやっているんだ?』
「別に、ぼーっとしてるだけだよ」

 そう答えるとカイハクは黙り込んだ。
 無言だけど、イライラしてるのが判る。
 確かに、カイハクやスオウに内緒で長期休暇をとったのは悪いと思っている。思ってる けど、仕事はしたくなかった。
 というか……出来ない。
 人の精神を覗くという仕事に、納得出来ないんだ。本人の依頼でDiveする時はまだしも 、敵対している人間の依頼の時は…。
 勿論、この仕事に誇りを持ってる。
 俺達にしか出来ない仕事だから。
 でも、それとこれとは別だ。
 俺が黙ったままでいると、カイハクが諦めたように口を開いた。

『お前さぁ、前にスオウと話したんだろ?』
「え? あ、ああ。うん、したよ」
『何て言ってた?』
「何を見過ごすかが大切だって」
『そうか…』

 そういうとカイハクはまた黙ってしまった。
 カイハクやスオウを困らせているようで辛い。
 二人が、俺のことを本当に心配してくれているのがわかるから、なおさら。やっぱり、 俺がまだ子供ってことなんだろうか。
 でも…、大人になれば理解できるのかな? スオウの言うように、この仕事の矛盾を見 過ごすことが出来るようになる? 諦めるだけじゃなくて?
 俺には、どうしても理解できない。
 納得していないことは出来ない。
 カイハクは、子供だと笑うんだろうけど。

『アサギ』

 カイハクが、静かに言った。

『お前が何を悩んでいるのか知らないけど、とことん悩んだらいいさ』
「……へ?」

 意外な言葉が受話器から流れてきて、変な言葉を返してしまった。

『悩むことも必要だろう。スオウには俺から巧く言っとくさ』
「あ、ありがとう」

 カイハクがこんなことを言うなんて!
 どうやら俺は、カイハク・グレイという人物を見誤っていたようだ。

『しかし……携帯電話を介してお前と会話することがあるとは思わなかったよ』
「いつもは通信機だからね」
『ああ。まったくだね』

 カイハクは少しおどけた口調でそう言って、それから真剣な声で続けた。

『結論を出すのはお前だ。でも俺は、これからもお前と通信機で会話したい』
「……ありがとう」

 電話を切ったあと、俺はぼんやりと空を眺めた。
 雲が、流れていく。
 あの雲のように、流れて行きたいとぼんやりと思った。
 そしたら、もう悩まなくてもいいのに。
 そう考えて、そう考えてしまう自分を、恥ずかしいと思った。



勘違い[散文100のお題/31.あきらめましょう]


「ねえ、ちょっといい?」

ユウヤが神妙に言った。

「何?」
「何だ?」

ミチコとタクヤが口々に尋ねる。

「SMAPの曲にさ、こんな曲があるでしょ」

そう言って歌い始める。


かっこいいゴールなんてさ
あっとゆーまにおしまい
(中略)
Hey Hey Hey Girl
どんなときも……


「うん。あるね」
「なんて曲だっけ?」
「『がんばりましょう』じゃない?」

ミチコが答える。

「そうそう、『がんばりましょう』だよ」
「あ…」

タクヤが納得した顔をして、ユウヤがしまったという顔をした。

「どうしたユウヤ?」

タクヤが尋ねる。
ユウヤが恥ずかしそうに答えた。


「僕、『あきらめましょう』だと思ってたよ」


「…意味、逆だし」


ミチコがぽつりと呟いた。



The devious stone[散文100のお題/32.宝探し]


『こちら<エメラルド>、ポイントに到着』
「了解。<ダイアモンド>、そちらはどうだ?」
『接続完了。問題なしだよ』

 <ダイアモンド>からの通信を聞きながら、スコープを覗き込む。スコープの中の、俺 達がこれから忍び込む屋敷には、異変はない。
 スコープを外して、ちらりと空を見上げた。
 晴天。
 今日は、気持ちよく仕事ができそうだ。

 そんなことを考えていると、

『<ラピスラズリ>、いつまで待たせる気だよ。さっさとしねえと…!』

 <ルビー>か。相変わらずだ。

「落ち着けよ。<ルビー>。俺が仕事をしくじったことがあるか?」
『…判ったよ』

 <ルビー>が大人しく黙った直後に、<ガーネット>からの通信が入る。

『<ラピスラズリ>。取り込み中悪いが、動いたぞ』
「そのまま見張っていてくれ。<ルビー>、<エメラルド>、行くぞ!」
『了解!』

 掛け声もイキイキと、二人が動き出した。その動きに迷いはない。
 まあ、コンナコトが好きで集まってきた連中だ。土壇場で尻込みするようなヤツはいな い。
 問題ない。
 今日の仕事も難なく終わるだろう。
 それにしても、今回の依頼。
 宝石の名前を持つ俺達が、宝石を盗み入るなんて、面白いじゃないか。

『<ラピスラズリ>…?』
「今出る。<ダイアモンド>、<ガーネット>の補助を頼む」
『らじゃー!』

 <ダイアモンド>の返事に唇の端を持ち上げた。それから、スーツの襟元をただし、煙 草を銜える。

 さて、いざ宝探しへ――――。



昔の夢[散文100のお題/33.秘密基地]


「ね、ここは私達だけの場所よ」

 少女がこちらに向かって微笑んだ。
 腰までの長さの黒髪が揺れる。

「誰にも言っては駄目よ」

 念を押すように小首をかしげる。

「ね? 私達の秘密基地よ」

 可愛らしい笑顔。
 少女は着物の袖を揺らしながら、駆け出していく。

「ほら、早く。早く行きましょう、××××」

 少女が僕の名前を呼ぶ。
 僕も少女の名前を呼んで、慌てて後を追った。
 待ってください。
 僕は………



「夢見が悪い」

 呟きながら、私は寝台から起き上がった。
 顔を洗うよりも先に、新聞に目を通す。新聞は、昨夜のアカの取り締りを伝えている。
 相変わらず、物騒な世の中だ。まあ最近の情勢を考えれば、当然のことかもしれない。
 新聞を放り投げて、私は身支度を整えるために立ち上がった。

 それにしても、随分と懐かしい夢をみてしまった。
 父の仕事にくっついて、父の仕えるお屋敷まで来ていた頃の夢だ。
 父は65歳で亡くなるまで、一ノ倉家のおかかえ運転手だった。今は父の代わりに私が仕 えている。
 夢の中の少女は、一ノ倉家の沙耶華(さやか)お嬢様だ。屋敷に同じ年頃の子供は私しか いなかったから、よくお嬢様のお相手をした。あの夢は、お嬢様の冒険に付き合って一ノ 倉家の離れを発見したときの夢だ。
 彼女は目を輝かせて、ここは秘密基地だと言った。
 今にして考えてみれば、よく「秘密基地」という言葉を知っていたものだ。女性が使う 言葉ではない。しかし、そんなところも快活な彼女らしいと思えた。
 彼女は、変わらずに…いや、以前よりも親密に私に接してくれる。
 それが何を示しているか、知らないわけではない。
 嬉しいし彼女の気持ちに応えたいと思う。しかし、私は運転手、一ノ倉家の使用人だ。 お嬢様とは身分が違う。
 彼女と親しくすることは、許されない。
 そう自分に言い聞かせる。

 ああ、けれども。
 私は今も昔も、快活で可憐なあの少女のあとを追いかけているのだ。



父を想う[散文100のお題/34.平行線]


父の遺産?
 父の残してくれたものは、たった1つ。いや、2つ。
 2本の平行線だ。
 螺旋が2本、平行に書かれた紙が、父が残してくれたものだ。
 父はトレジャーハンターで、幼い息子を日本に置き去りにして、世界中を駆け巡ってい た。帰って来るのは年に2〜3回。その度に大量のお土産を買ってきた。
 お世話になっていた伯母さん達には評判が悪かったようだが、俺は父が大好きだった。 珍しい土産物、そして何より、父が話してくれる冒険譚が楽しみだったのだ。父の話を聞 くたびに、自分もそんな冒険がしたいと思った。早く大きくなって、父と共に宝探しの旅 に出るのだと誓った。
 父も俺と冒険に出ることを楽しみにしていたのだろう。コンパスなどを買ってくれたし 、地図の読み方も教えてくれた。
 しかし、俺が父と冒険に出ることはなかった。
 父は、すぐに死んでしまったからだ。
 俺は泣いた。これ以上ないって程、泣いた。
 冒険に連れて行ってくれると約束したじゃないかと、父の遺体に八つ当たりもした。
 悔しかったし、悲しかった。
 とにかく俺は父が大好きだったのだ。

 父の死後、俺は父と同じくトレジャーハンターになった。当時の父のように、不思議な ものを求めて世界各地を回る生活を送っている。
 ところで父の残してくれた2本の平行線だが。
 南米の、ある部族の遺跡に行った時に、まったく同じものを見つけた。どうやら、すで に途絶えてしまったその部族の文字だったらしい。それが何を指しているのかは、まだ判 っていない。
 何て父らしいのだろう。
 父が残したのは、お金ではない。ただのイラストだ。
 しかしそれは、ただのイラストではない。
 父は俺に、夢を残した。
 そんな父が、俺はやはり大好きなのだ。



本当は怖い…[散文100のお題/35.そぅっと覗いてみてごらん]


「メダカの学校って歌、知ってるか?」

 タクヤが言った。

「そりゃあ、知ってるけど…」

 そう言って、ミチコが歌いだす。


メダカの学校は 川の中
そぅっと覗いてみてごらん
そぅっと覗いてみてごらん
皆でお遊戯しているよ


「…でしょ? でも今の話と関係あるわけ?」

 今、彼らは「かごめかごめ」の歌の意味の話で盛り上がっていたところだ。
 ミチコは、嫁姑戦争のあげくの流産説を。
 タクヤは、夜逃げした女郎説を。
 ユウヤは、口減らしや儀式説を。
 それぞれ語っていたわけだ。

「この歌もさ、怖い意味があるんだってな」
「そうなんだ? 僕は、涼しげでいいなーと思っていたんだけど」

 ユウヤが言う。
 ミチコが同意した。

「何でも、津波か何かで亡くなった子供達の歌らしいね」
「亡くなった子達の霊が、水の中で遊んでるって事?」
「そう。三途の川って話もあるけど」

 そう言うタクヤを、複雑な顔でミチコが見た。

「何ていうか…夢のない話よね。」
「そうだね」
「確かに、歌は歌でいいよな。わざわざ怖い解釈をつけなくてもさ」

 3人は頷きあった。
 確かにその通りではあるのだが。
 先ほどまで「かごめかごめ」で盛り上がっていた彼らの言うセリフではない。



Sommer Erinnerung[散文100のお題/36.わたがし]


「轟、あれ買ってやろうか」

 団兄ちゃんがにやにやしながら指差したのは、綿菓子だった。

「いらないよ! 子供じゃないんだから」

 子ども扱いするなよ。
 俺はむっとして言い返す。
 団兄ちゃんはにやにやしたまま、どこか遠くを見るように目を細めた。
 昔を思い出すときの、団兄ちゃんの癖だ。

「お前、昔な、綿菓子が食いたいって駄々こねたんだよ」

 そんな記憶にないほど小さい頃のことを言われても。

「でも俺はそんとき持ち合わせがなくてなあ…」

 すっかり回想モードに入ってしまった団兄ちゃんに、俺はこっそり溜息をついた。
 大人はすぐに昔を振り返りたがる。
 いや、待て、「大人は」って何だ。俺は子供じゃねえ!
 仕方ない、ここは大人らしく、団兄ちゃんに話を合わせよう。

「で、持ち合わせがなくてどうしたのさ?」
「ん? 偶然に会った巌から借りた」

 当たり前のように、団兄ちゃんは言う。
 そんな昔から巌さんにも迷惑かけてんのか、俺は。
 何とも言えない気持ちだ。

「そういえば、その時の金、いまだに返してねえなぁ」
「団兄ちゃん……」
「…催促されたことはないんだよ。忘れてるんなら、わざわざ言う必要はねえ」

 そんなものなのか?
 まあ、この二人は本当にそんな関係のようだけど。

「あ、巌さんといえば、何処で待ち合わせなの?」

 綿菓子の話ですっかり忘れていた。
 団兄ちゃんは「ほれ」と言って、俺の背後を指差す。
 振り向くと巌さんが立っていた。

「こんばんは、巌さん」
「こんばんは。晴れてよかったね」

 にこやかに巌さんは言って、ふと、周りの出店に視線を流した。

「轟くん、綿菓子を買ってあげようか」

 巌さんもかよ!
 …どうやら俺は、この二人にとってはいつまでも子供のようだ。



夕暮れの庭[散文100のお題/37.見えないもの 見えないはずのもの]


「お前さん、妙なものが見えるって本当かい」

 佐吉が、おそるおそるという風に尋ねた。

「はて、妙なものとは」

 伊助が応える。

「だから…普通は見えないものを、だよ」
「何を言っているんだい。見えないものが見えるはずないじゃないか」

 からからと伊助は笑う。
 それから手にしていた饅頭を、ひょいと庭に向かって投げた。
 それを佐吉が気味悪そうに見ている。

「そういうことをするからさ。何か、いたのかい」
「猫がいた」

 明らかにほっとした様子で、佐吉がため息をつく。

「お前さんがそう言うなら、そうなのだろうよ」
「何だい、含みのある言い方だねえ」

 笑みを崩さないまま、伊助が言った。
 この幼馴染の、こういうところを怖いと思うのだとは、とても言えない佐吉である。
 もう一度ため息をついて、佐吉は言った。

「お前さんがそう言うなら、そうなのだろうよ」
「含みがあるってことかい」

 佐吉は答えない。
 伊助がまたからからと笑って、お茶を口元に運ぶ。
 その様子をじっと見ていた佐吉が、おもむろに口を開いた。

「なあ、伊助よ」
「何だい」
「俺は、お前さんとはいい友達だと思っている」
「おやおや、照れるねえ」
「茶化すなよ」

 佐吉の目は真剣だ。

「だから、だからもしお前さんが何を見えようとも、俺はお前さんと疎遠になったりしな いよ」
「…佐吉は漢だねえ」

 伊助にそんなことを言われて、佐吉は憮然とした顔を作った。
 何かを言おうとして口を開いたところで、

「ありがとうよ」

 伊助がぽそりと呟いた。


 佐吉が帰った後。
 伊助が一人で饅頭をつまんでいると、ガサガサと庭の草木が鳴って、一匹の犬が現れた 。

「何故、言わないのかね?」

 しわがれた、枯れ木を連想させる声で、犬が喋る。
 伊助は驚くでもなく、言葉を返した。

「佐吉にとって、お前さんたちは見えないはずのものだからさ」

 どこかで鳥が鳴いている。
 夕焼けが照らす庭の中には、一人の男と、一匹の犬。
 そして、沢山の………



雨の庭[散文100のお題/38.本能に従え]


 雨が、降っている。
 細かな、霧のような雨が、しとしとと降っている。
 一人の若者が、それを眺めていた。17くらいの、身なりの良い男である。
 縁側に腰掛けて、濡れるのも構わずに庭を眺めている。
 雨を見ているようでもあるし、よく整備された庭の草木を見ているようでもある。もし かすると、何も見ていないのかもしれない。ぼんやりとしているようでもあるし、何かを 待っているようでもある。
 と、風もないのにがさがさと庭の木々が揺れて、一匹の犬が現れた。
 犬は男の方をチラリと見て、ため息をついた。
 ため息をつく犬など、いようはずがない。
 しかし男は驚いた風もなく、にこりと笑った。

「遅かったね、良太郎」

 どうやら良太郎と言うのが、犬の名前であるらしい。

「いたのか、伊助」

 面白くなさそうに犬が言う。
 伊助と呼ばれた男は、また、にこりと笑って

「私がいたら、何か不都合があるのかい」
「……ありはしないさ」
「そうかい」

 からからと伊助は笑う。それから、声を幾分か落として言った。

「また、私に黙って人を殺めに行ったんだね」
「それがどうした」
「どうしてお前さんたちは、そう簡単に人を殺められるのかね」

 犬が、ふん、と鼻先で笑う。

「声がするのさ」
「声」
「頭の中で響くんだよ」
「何と」

 犬が、奇妙に笑った。
 普通でさえ大きな口を、更に大きく、口角を持ち上げる。


「本能に従え、と」


 その言葉に黙り込んだ伊助に、犬が続ける。

「我らは、お前さんたちとは根本から違うのだよ」

 よく手入れされた庭には、男が一人に、犬が一匹。


 雨が、降っている。
 細かな、霧のような雨が、しとしとと降っている。



ミヤさん[散文100のお題/39.ダブルベッド]


「貴女の家、確かダブルベッドだったわよね?」
「そうだけど?」
「女性でも連れ込んでるの?」
「……お前、そういうこと言うなよな」
「え? ああ、ゴメン。そういうことじゃなくて」
「どういうことだ?」
「広いベッドに一人で寝るのって、寂しくない?」
「ないな」
「ないの?」
「ああ、一人じゃないからな。ミヤさんっていう、女性と寝てるんだよ」
「ミヤさん?」
「そ、美人だぜ。座っているだけで、凛としててさ」
「そうなんだ。今度紹介してよ」
「お前、会ったことあるぜ」
「え、いつ?」
「鍋パーティーの時に、俺が連れてきただろ」
「…………」
「思い出せない?」
「……………あ! あの白い猫のこと!?」
「そうそう、彼女がミヤさん」
「あー、確かに綺麗な猫だったわね」
「彼女がいるからな。別に寂しくはないさ」



出会い[散文100のお題/40.あやかし]


 小さなものが落ちてきた。
 天井から落ちてきて、俺の頭にぶつかって、机の上に転がった。
 丸い顔があって、細長い体がある。手足も生えていた。頭には紅い髪と、黄色い棒のよ うなもの。角だろうか。
 どうやら、人間の言葉を喋れるらしい。そいつは自分のことを「あやかし」だと名乗っ た。

 あやかしってのは、妖怪のことじゃないのか。

 そう尋ねたら、そいつは頷いて、自分はあやかしのあやかしだと言った。
 つまり、あやかしという名前の妖怪らしい。

 何てややこしい。
 そもそも、妖怪なんているのか?

 そう思うのだが、片手の平に乗るくらいのサイズの人型の生物がいるはずがない。

 小人…?
 「手乗りあやかし」か。

 妖怪っていうと、もっと、こう、恐ろしいものだと思っていたのだが。
 そいつは今、俺の鉛筆で遊んでいる。とても害があるとは思えない。
 おまけに、どうやらそいつはここに居座るつもりらしい。
 寝床を要求しやがった。
 無視していると、勝手に俺のタオルを寝床と決めたらしく、その中で丸くなった。

 ………あやかしも、夜に眠るのか。

 さて、どうしようか。
 このまま捨ててしまうか?
 それとも天井裏に戻そうか?
 それとも、しばらくここに置いてやるか?

 ふあ、とあくびが出る。
 気づけば、そろそろ日付が変わろうとしている。
 とにかく寝よう。
 そいつの処分は明日考えるとして。
 とりあえず、俺が目を覚ますまでは、ここに置いてやることにする。





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