文章修業家さんに40の短文描写お題
01.告白
白い墓標の群れを、風が慰めていた。冷たい石版に頬を寄せ、彼は呟いた。
「君を愛している。」
彼の心が零れ落ちて、ぽたんと石版を暖めた。
02.嘘
刀匠の目は酷く充血し、そして吊り上っていた。唇が歪み、そこから吐き出された罵声と共に、熱された金鋏が目の前に振り翳された。
03.卒業
男が一人、少年漫画誌を手にして立っている。男はその表紙をじっと見つめていたが、やがて決心したように雑誌を置いて、立ち去った。
04.旅
病室へ駆けつけた多田が声をかけると、ベッドの傍に立って窓の外を見ていた達也は、言った。
「父さんは旅に出ました。ずうっと遠くへ。」
05.学ぶ
窓の隙間から入り込んだ風が、ぱらぱらと教科書のページをめくっている。
「速読が得意なのね」と彼女がほほ笑んだ。
06.電車
「ただいまー」
ドアを開くと、息子と旦那は振り返って「おかえりー」と声をそろえた。足元では小さな電車がモーター音を響かせている。
07.ペット
好きなんだけどね、と和美は言った。好きならいいじゃない、と私は返した。すると彼女は声をひそめた。だってあの人カエルを飼ってるのよ。
08.癖
「あの人、会議中に15回も鼻の頭をかいたの! 癖なんだわ」
そうやって人の癖を観察するのが、彼女の癖なんだろうなと僕は思う。
09.おとな
「月が赤いよ」と、坊や。
「そうだね」
「燃えてるの?」
「そうだね」
「ウサギは熱くないかな?」
「そうだね」
それきり坊やは黙り込んだ。
10.食事
白き大蛇はゆるゆると起き上がりて、朧なる月光の下、その蒼き鱗を光らせながら、今宵の獲物を探しに出た。
11.本
ページをめくる度に、指先がじりじりする。思わず手を止めると、わずかに開いたページから幾色もの光とかわいた音が勢いよく飛び出した。
12.夢
銀盤の端は靄の中へと消えていた。
あ、夢を見ているなと思った途端、靄がすごい勢いで押し寄せてきて、僕はあっというまに飲み込まれた。
13.女と女
この手紙を上の淵で姉に渡してほしいと言ったのは、白い着物を着て、髪の長い女だった。彼女の姉も美人なのか。その下心が失敗だった。
14.手紙
滑らかな肌をした白い封筒にぼたりと赤い蝋を垂らすと、隣で大人しく見ていた愛犬のクウが悲しそうに一声鳴いた。
15.信仰
札束だった。ぼくの父が、最期まで握りしめていたのは。
先日死んだ母の手にはロザリオがあった。
きっとぼくは何も持たないだろう。
16.遊び
何やら子供らの声が聞こえなくなったと、そっと東屋の戸をあけて見れば、色づいた山の向こうに饅頭のようなお天道様が沈むのを見ていた。
17.初体験
辺りは随分と薄暗いのに、空は灰色に光っていた。涙で滲んだその空は、今でも胸の内で輝いている。
18.仕事
夕子はすやすやと眠っている。ほんのり色づいた頬、握りしめられた小さな手。窓の外では、蜩が寂しく鳴いている。
19.化粧
人込みをかき分けて見た花嫁行列。白無垢が目に眩しい。
姐さんの口を彩る紅の赤がぐにゃりと歪む。
隣の達吉が呆れたように溜息をついた。
20.怒り
どくどくと自らの心臓が脈打つ音が、やけに大きく感じた。握りしめた拳が、意思とは関係なく震える。ああ、自分は今生きているのだ。
21.神秘
「逃げないでください!」
彼女は叫んだ。けれども、その心配はなかった。何故なら僕は、彼女の美しさにすっかり虜になっていたのだ。
22.噂
空き缶は悲鳴を上げて、わずかに凹んだ。友人の顔は青い。その場の空気が冷たくなったからか。慌てて声をかける。
おい、単なる噂だからな。
23.彼と彼女
白いパンプス。
そこから伸びた足も白い。
その先はタイトスカートの中に隠れている。
スカートの腰には、日に焼けた男の手が巻きついている。
24.悲しみ
雨は、赤茶けた大地をたちまち黒色に変える。目をこらさなければ気付かないほど、幽かに、かすかに降る雨でさえも。
25.生
父の釣り上げた魚は、堤防の上でびちびちと激しくとび跳ねた。母がまな板の上でさばく時、彼は血を流すだろう。今日の夕餉は焼き魚だ。
26.死
頬は硬く、そして冷たい。この白い塊には目には見えないわずかな欠損がある。彼の穴と言う穴から抜け出て行ったもの。
魂とは熱なのだ。
27.芝居
右手が上がる。小指が折れ、薬指、中指が続く。すっと人差指の先から腕、肩を伸ばした彼女の射抜く眼差しを、左手の扇子が静かに隠した。
28.体
小鳥は美しく鳴いた。そして羽ばたく。
彼女は美しく歌った。そして駆けて行く。
彼女とあの小鳥に違うのは、きっと体のつくりだけだ。
29.感謝
眼は鋭く光っている。右手には私が渡したハンカチ。それを握りしめて、鋭い眼光をほんの少しだけ和らげる。
それが彼の感謝の表し方だった。
30.イベント
ユタカは時計を見て溜息をついた。それから時計を見る。
「そわそわしても仕方ないよ?」
「分かってるよ」
そう言って、彼はまた時計を見た。
31.やわらかさ
32.痛み
33.好き
34.今昔(いまむかし)
35.渇き
36.浪漫
37.季節
38.別れ
39.欲
40.贈り物