散文100のお題/41-60


興味[散文100のお題/41.しせん]


 視線を感じる。
 誰のものかは分かっている。
 誰、と言うより、何、と言ったほうが正しいか?
 視線の主は、今、俺の後ろでぬいぐるみと格闘している小さな生物だ。
 あやかし、という名前らしい。
 最近、俺の部屋の天井から落ちてきて、そのまま居座ってしまった。天井裏に戻したり 、捨ててみたりしたのだが効果はなかった。学校から帰ると、必ず机の上で俺を待ってい る。まあ、そんな訳で、アイツを追い払うのは諦めた。
 ソイツは今、ぬいぐるみと格闘しながら俺のほうをちらちらと見ている。どうやら、か まえ、ということらしい。
 俺が無視しているとふて腐れたように、寝床にしているタオルの上で丸くなった。ふて 腐れたよう、というか、ふて腐れているんだろう。

 まったく、人間にかまって欲しいなんて、どんな妖怪だ。

 そういえば、こいつは何という種類の妖怪なんだろう。角があるところを見れば、鬼か ? しかし、角のある妖怪なんて沢山いるから、そうとは限らないかもしれない。という か、人懐っこい鬼なんて「泣いた赤鬼」だけで十分だ。
 尋ねてみると、おいらはおいらだ、と胸を張って答えやがった。

 …お前、自分でもよく判っていないんじゃないか?

 もしかすると突然変異種なのかもしれない。それで他の妖怪達から迫害されて、ここに 来たのか?

 まさかな。第一、何故俺のとこなのかが判らないじゃないか。

 とりあえず、調べてみるか。
 まあ、あいつがナニモノでも俺には関係ないんだが。
 気になるといえば、少しだけ気になるだけで。
 本当に、ほんの少しだけど。



Schwierig frage[散文100のお題/42.カルネアデスの板]


「轟くん」

 団兄ちゃんの家に入ろうとしていた俺は、名前を呼ばれて振り返った。

「あ、巌さん」

 そこには、コンビニの袋をさげた巌さんが。

「団に教わりに来たの?」

 俺の手にしている本に視線をやって、巌さんがにっこり笑った。
 う…相変わらず綺麗な人だ。

「うん。巌さんは遊びに…?」
「来ていたんだけどね。酒が呑みたいなって話になって」

 ジャンケンで負けたんだよ、と巌さんは微笑んだ。

「今日は何の質問?」
「これ。カルネアデスの板って何?」
「これは、僕じゃなくて団の分野だね」
「団兄ちゃんって土木の仕事してるのに、こういうの詳しいんだよな」
「まあ、文系だから」

 そういえば、国語とか好きだよな。団兄ちゃん。
 二人で階段を上って、団兄ちゃんの部屋に向かう。


「で、今日は何だ?」

 俺の顔を見るなり、団兄ちゃんはそう聞いた。

「カルネアデスの板ってやつ」

 本のページを指差しつつ、早速、説明してもらう。

「カルネアデスっていう学者が問題提起した、緊急避難に関する法則だな」

 団兄ちゃんは続けた。

「船が難破した場合、ある漂流者が、他の漂流者が捕まっていた板…一人しか捕まれない 板を奪い取って助かった場合、この行為は正当と言えるかどうかって問題だ」

 話の真意が読めない。

「つまり…どういうこと?」
「緊急時に、自分が助かるためなら他人を犠牲にしてもいいかってことだ」
「そんなの駄目に決まってる!」

 つい叫んでしまったが、隣で巌さんも頷いている。
 団兄ちゃんはにやりと笑って(悪戯を思いついたときによくやる)

「ところが、現在の法律では「緊急避難」ってことで許されるらしいぞ」
「そんな」

 どうも納得できない。
 だって、どう考えてもおかしいじゃないか。

「ま、そう簡単に答えが出ないから、今でも「カルネアデスの板」って言葉があるんだ」

 団兄ちゃんはそう締めくくった。

「もし……」

 巌さんが、団兄ちゃんに向かって言った。

「もし君がそういう状況に陥ったらどうする?」
「さあな」

 あっさりと団兄ちゃんは言う。

「でも、お前らがそういう状況で死んだら、棺桶の前で怒鳴り散らすだろうな」
「何て?」
「どうして相手を犠牲にしてでも、生きて帰ってこなかったんだってな」



発覚?[散文100のお題/43.パンドラの箱]


 あやかしと名乗る、手乗りの人型生物は、まだ俺の部屋にいる。
 何という種類のあやかしなのかは、調べても判らなかった。
 魑魅魍魎の一種なんだろうか。
 何処から来たんだと尋ねてみる。
 ぱ…何とかの箱からだと、自信満々に答えた。

 そんなに自信満々に答えるんなら、せめて箱の名前はきちんと言えてくれ。

 初めに「ぱ」のつく箱……。
 ぱ…パ……パイナップル…じゃないよな。パイナップルの箱って収穫されてきたのか、 コイツは。
 パラライザー…は箱じゃないな。
 あとは…パンドラの箱か?
 消しゴムに噛り付いて顔をしかめていたソイツに、確認する。
 頷く。

 そうか、コイツはパンドラの箱から来たのか。
 じゃあコイツは西洋の生き物ってことか? あ、でも「ゲゲゲの鬼太郎」にもパンドラ の箱は登場したな。それとも「悪魔くん」だったかな?
 と言うか、パンドラの箱って実在するんだな。
 確かパンドラの箱って、災厄が詰まっている箱だよな。開いたら災厄が飛び出してきて …
 ん?
 ちょっと待て。
 と言うことは、コイツは災厄の一つじゃねえか!?
 こんなナリで災厄!?
 考えられない。
 あ、パンドラの箱には災厄以外にも、希望が入っていたんだっけ?
 コイツが希望……。
 それも、ありえねえ。

 …………まあ気にしないことにしよう。
 パンドラの箱出身ってのも、コイツの勘違いかもしれないし。



新見解[散文100のお題/44.シンデレラの靴]


「つまりこの“シンデレラの靴”ってのは、幸せへの鍵を意味しているわ け」

 文章の一文を指差しながら、ユウヤが言った。

「んー?」

 タクヤがよく判らないという風に首を傾げる。
 放課後の教室で、タクヤはユウヤから国語を教わっていた。
 中間テスト対策だ。
 二人の横で、ミチコも数学の教科書やらを広げている。

「判らねえよ。俺、理数系だし」
「そうは言っても、テストは平等に文系も理数系もあるんだし」
「うう…判ってるよ」

 と、それまで黙っていたミチコが、おもむろに口を開いた。

「どうして、シンデレラは靴を残していったのかしらね?」
「どういう意味?」
「だって、靴が脱げたのなら気づくはずじゃない」
「まあ、気づくだろうな」
「魔法がばれない様にって、逃げたんでしょ? 靴を残したら元も子もないじゃない」
「あー…アレじゃない? シンデレラはしたたかな人間だった」
「わざと靴を残して行ったってこと?」
「そ。義姉を差し置いて、幸運になれるチャンスを狙っていた!」
「結果、玉の輿に乗ったってことか」
「そういうこと。優しいことは優しかったんだろうけど、抜け目ない人だったんだろうね 」

 納得したように頷きあう三人。

「あ、でもよ」

 タクヤが言った。


「靴も魔法だろ? どうして靴の魔法は解けなかったんだろうな?」



Is that eternal?[散文100のお題/45.永遠の愛-eternal love-]


「永遠の愛って、存在すると思う?」
「愛の定義によると思うけど、存在するんじゃないか?」
「例えば?」
「例えば…俺のミヤさんに対する想いとか」
「貴方がミヤさんを可愛がっているのは知ってるけど、それが永遠の愛?」
「うーん。俺のミヤさんへの愛は、恋人に対する愛じゃないだろ」
「ええ」
「つまり、家族などに対する愛は永遠だと思うぞ」
「なるほど」
「お前は、どう考えるんだ」
「存在すると思うわ」
「それは恋人への想いか?」
「いいえ。種族への愛…と言えばいいかしら」
「どういうことだ?」
「つまり、私達は、人間は戦争ばかり繰り返す愚かな生き物だと知っているじゃない」
「ああ」
「でも、人間は滅びてしまえばいいとは思わないわね?」
「ああ」
「他の国でも戦争が起これば、可哀想だと思うし」
「……」
「それは、人間という種族を、私達が愛しているからだと思わない?」
「成る程ね。それだと、他の動植物へも、同じ思いを抱いていることにもなるな」
「そうね。ただし…永遠の愛と言い切れるかは、判らないけれど」
「未来には、そんな思いを抱かなくなるかもしれない、と?」
「ええ、残念ながら。それが永遠の愛であることを願うわね」
「ああ」



蝉時雨の庭[散文100のお題/46.何事も言葉で暴く必要はない]


 蝉が鳴いている。
 今が盛りとばかりに、鳴いている。
 二人の男が、濡れ縁に腰掛けていた。片方は身なりのいい男で、もう片方は町人といっ た風体だ。
 二人の間には、菓子鉢とお茶が置かれている。

「暑いね」

 身なりのいい方が言った。

「ああ、暑いな」
「野分が過ぎたと思ったら、急に暑くなったね」
「ああ」

 それっきり、二人に言葉はない。
 お茶に口をつけ、菓子をほお張る。今日の菓子は吉田屋の餡餅だ。
 しばらくして、町人風の男が口を開いた。

「なあ、伊助よ」
「何だい、佐吉」
「……いや。蝉がうるさいな」
「そうだね」

 また、沈黙が降りる。
 伊助が庭で地面をつついている雀に向かって、餅の欠片を投げてやる。
 しばらくそうやっていたが、やがて佐吉が再び口を開いた。

「なあ」
「何だい」
「俺は、聞かないことにしたよ」
「何をだい」
「お前さんのことをさ」
「おや、それは寂しいねえ」

 くつくつと伊助は笑う。

「うん、でも…」
「ああ…」

 雀の戯れる庭の中には、男が二人。

 蝉が鳴いている。
 今が盛りとばかりに、鳴いている。



日常の1コマ[散文100のお題/47.青空教室]


 花火大会までは時間がある。
 なら、テスト勉強をしようと言い出したのは、一体誰だったやら。
 神社の境内で、ミチコとタクヤとユウヤは教科書を広げていた。

「だからさ、それはマキャベリの思想なんだって」
「えーと、マキャベリって『君主論』を書いた人よね?」
「そう」
「わっかんねえ!」
「諦めないでよ、タクヤ。私だって理数系なんだから」
「なんでユウヤは、こんなものが得意なんだよ?」
「だって、僕は文系だもの」

 ユウヤがにこにこと言う。
 タクヤが頭をがりがりとかいて、諦めたように教科書に視線を落とした。
 ミチコは教科書を指差しながら、ユウヤに確認している。
 境内には、さわやかな風が吹いている。
 花火大会までもうすぐだ。



Dissemblerの言い分[散文100のお題/48.僕はこの目で嘘をつく]


 猫を被るのは悪いこと?
 猫を被っていない人間はいないだろ?
 それは悪いことなのかな?

 にこにこ笑っていれば、状況はいいように転がっていく。わざわざ悪くなるようにする 必要はないよね?
 単純で、簡単なこと。
 自分を偽るくらい、大したことじゃない。
 だって、皆そうでしょ?
 猫を被っていない人間なんていない。裏表のない人間はいないんだから。
 確かに、猫を被るってことは嘘をつくことで。でも、嘘も方便って言うでしょ? 猫被 りもそれと同じで、状況をよくするための嘘なんだから。
 厭う必要はない。
 それでも、猫を被ることを嫌う人達がいるのは知ってる。
 そういう人達には、言わせておけばいいさ。自分だって同じなのに、自分は違うと思っ てるんだ。
 他人に何と言われようと、僕は猫を被ることをやめない。自分を偽ることをやめない。
 にっこり笑ってやってやるさ。
 それは嘘をつき続けるってことだけど。
 いつか自分すらも騙せるんじゃないかって思うから。
 僕は猫を被る。



手紙2[散文100のお題/49.私をあげる]


<星の歌う国>のサイヤへ

 Happy Birthday!!!! Dear my friend!
 今月は貴方の誕生日よね?
 月並みなことしか言えないけど、おめでとう! これで一つ大人になったわけだけど、 どう、実感してる? 元服は再来年だよね?
 これで数ヶ月は、私と同じ年になるわけね。とはいえ、私と貴方の関係が何か変わるわ けではないけれど。
 これからも、これまでと同じ。いいえ、出来ればもっと仲良くなりたいわ。あまり迷惑 をかけないようにするわね。

 そういえば、手紙ありがとう。
 そちらの夜は、本当に綺麗なのでしょうね。
 隣に<星の歌う国>の出身の方が住んでるんだけど、その人も同じことを言っていたわ 。本当に夜の星々が綺麗なんですってね。夜空が国の自慢だとも言っていたわ。
 私の国は、夜ではなく昼が自慢よ。砂が雪のように舞うの。もちろん生活はしにくいけ れど、あの力強い太陽はきっとここにしかない。
 他の国を見てみたいし、お金が溜まったら旅をしようと思うけど、ここを離れる気はな いわ。
 ここが私の原点だもの。私の性格も価値観も、ここで培われたものだから。この過酷な 環境の、強烈な太陽の下で、沢山のストーンに囲まれて。砂と太陽と石。私はそれで出来 ているの。
 そういえば、ここはパワーストーンの産地で有名だけど、観光客はあまり来ないわね。
 やっぱり、生活しにくいし、綺麗と言い切れる場所がないからかしら?
 でも、ここも綺麗なのよ。
 朝方や夕方は、紫色の空を背景に砂が舞って、まるで絵巻物を見ているみたい。
 宝石の原石達の輝きは、まるでサーガを紐解いている様よ。
 本当に綺麗なの。貴方に見せてあげたいわ。
 ああ、そうだ。
 それをプレゼントとして贈りましょうか。この国の砂と太陽と石を貴方に。安上がりだ けれどね。
 あら、今気づいたのだけど、そうすると、私をあげるってことになるのかしら?
 私は砂と太陽と石で出来ているって言っちゃったからね。まあそれでも構わないわ。
 私の知識と価値観を貴方に。
 少しでも貴方の役に立ちたいわ。何でも相談してね。
 そしていつか、一緒に旅をしましょう。
 貴方の国と私の国と、そしてまだ見ぬ沢山の国々を。
 本当に、誕生日おめでとう!

<砂の舞う国>のカラサキより



探し物[散文100のお題/50.禁断の果実]


少しお尋ねしますが。
最近、こんなものを見かけませんでしたか?
丸くて、白く輝いていて、両手に収まってしまうくらいの大きさの。
不思議な素材で出来たボールのようなものを。
近づくとよい香りがして、ついつい拾っていく方が多いのです。
私はソレを探しています。
どうしても見つけなければならないのです。
実は、こちらの手違いで別のものと混じっていたようなのです。
それがそのまま出荷されてしまいまして。
この辺りにあると思うのですが。
見つけなければ、帰ることができないのです。
どうでしょう?
見かけませんでしたか?
白く輝く、不思議な素材で出来た丸い物体なのです。
近づくとよい香りのする、両手に収まる大きさの物体です。
ソレを見つけなければ私は戻ることが出来ないのです。
もしもソレを見かけたら、お願いですからソレには触れないで下さい。
ソレはとてもよい香りがしますから、拾っていく方が多いのです。
拾ってしまいますと、手放すのが惜しくなってしまいます。
それで返していただけなくなるのです。
本当の話です。
手放すのが惜しくなって、ついにはソレに囚われてしまうのです。
アレは大層よいものですから。
香りも色にも輝きも、とても素晴らしいものですから。
人を魅了してやまないものですから。
ですから、どうかソレには触れないで下さい。
確かにソレを拾われる方は、ソレが必要な方です。
必要であるから、ソレと出会うのです。
しかし、私はアレがなければ戻ることが出来ません。
ですから、どうかソレを見つけたらそっとしておいて下さい。
どうかお願いします。
それでは、またお伺いいたします。
何か情報がございましたら、その時にお知らせください。
申し送れましたが、私は××××と申します。
とある組織のしがない構成員です。
それでは、また、後日。



夜の庭[散文100のお題/51.気の狂いそうな平凡な日常]


 風は動かない。
 ただ、虫の声だけが聞こえている。
 この季節にありがちな、寝苦しい夜である。


「のどかだねえ」

 団扇を動かしながら、伊助が言った。
 離れで寝ていたのだが、暑さに耐え切れず縁側に出て涼をとっていたのだ。

「のどかだねえ」

 もう一度呟いて、ため息をつく。
 まったく、ため息が出る程のどかな夜だった。

「暇なのかい」

 突然そんな声が、伊助の袂の中から聞こえた。
 伊助が袂に手をつっこんで、中から扇子を一つ取り出す。

「暇なのかい、伊助さんよ」

 先ほどと同じ声で、その扇子が喋った。
 ただの扇子が人の言葉を話すなど、あろうはずがない。しかし伊助は驚いた様子もなく 、言葉を返した。

「こうもすることがないとね」
「眠ればよいじゃないか」
「それが出来れば、こんな時間に起きていないよ」

 月はすでに、中天にかかっている。

「ああ、退屈だ。退屈すぎて死んでしまうよ」

 少し拗ねたような伊助の言葉に、扇子がくつくつと笑い声を返す。

「伊助さんは、退屈だと死んでしまうかい」

 そこで一度言葉を切り、扇子は殊更に低い声を出した。

「我らは退屈だと狂ってしまうよ」
「…どういうことだい」
「そのままの意味さ」
「ふん? 狂ったのがお前さん達じゃないのかい、私はそう思っていたのだけど?」
「おやおや。伊助さんは何をもって、そう言いなさるのやら」
「だってお前達は、気の狂いそうなほど平凡な日常を長い間過ごしてきたのだろう」

 扇子が、今度は先ほどのものよりも大きく、くつくつと笑った。

「いかにもその通り。我らはとうに狂っているのかもしれないねえ」

 月光が照らす庭の中には、男が一人。その手には扇子が握られている。


 風は動かない。
 ただ、虫の声だけが聞こえている。
 この季節にありがちな、寝苦しい夜である。



エールを送る[散文100のお題/52.そのままの君]


そのままの君でいいよ、なんて僕は言わない。
君にはもっと自分を磨いて欲しいから。
そのままの君でいいよ、なんて僕は言わない。
君にはもっと強くなって欲しいから。

もっと頑張って。
もっと努力して。
君の目指す、「素晴らしい人間」にたどり着けばいい。

時には落ち込むこともあるだろう。
その時はここに来ればいい。
慰めはしないけれど、話は聞いてあげる。

そうして気が晴れたら。
もっと頑張って。
もっと努力して。
君の目指す、「素晴らしい人間」にたどり着けばいい。

だって、それが君だろう?
現状に満足しない。
常に上を目指している。

そんな君の、そのままの姿が好きだから。
そのままの君でいいよ、なんて僕は言わない。



回顧[散文100のお題/53.残酷な夢]


 随分と昔の話になるが、私の生徒にアウタという少年がいた。
 私は当時ある国で巡回教師をしており、週に3回、彼に数学と国語を教えていた。
 彼はとても利発な子で勉強の飲み込みも早かったから、苦労はしなかった。
 太陽のように笑う子だったと記憶している。
 母親もよく笑う気のいい女性で、あの家にはいつも笑いが絶えなかった。
 彼の父親は戦争で亡くなっていたから、彼の家族はそれで全員だ。兄弟の多いあの地方 には珍しく、彼には兄弟も姉妹もいなかったのだ。
 だからなのか、彼は私を兄のように慕ってくれた。
 私もそれが心地よくて、彼を可愛がっていた。
 勉強の早く終わった時には(たまに勉強をサボって)、彼と色んな話をした。
 音楽の話や、小説の話。最近の出来事や、これからのこと。成長期の少年が興味のある 話も、母親に見つからないようにこっそりとした。
 家の周辺を散歩することもあった。
 私の生まれた国とは違って、あの国の太陽は力強い。
 あの国では植物も動物も人間も、それに負けないくらい力強く生きている。
 私はそれを見るのが好きで、彼を伴ってよく散歩をした。
 彼は父親を尊敬していた。
 自分は将来、父のようになるのだと、目を輝かせて語っていた。
 彼の父親が軍人だと知ったのは、彼の元への巡回を終えてしばらくした頃だ。
 私は愕然とした。
 私は彼が戦争を憎んでいると思っていたのだ。
 彼の尊敬している父を奪ったのは、戦争だからだ。
 それでも彼は、軍人になることを望んだ。
 彼は戦争を憎まなかったのだろうか?
 それとも、憎んだ上で、軍人を目指すのだろうか。
 だとすれば、それは、なんと残酷な夢だろう!
 戦争を憎む者が、戦争を担う者になるのだから。
 あの強烈な日差しの下の力強い人々は、それすらも乗り越えられるほどに力強いのだろ うか。
 彼と話をしたいと思ったが、戦況は悪化し、医大の院生だった私は赤十字に志願した。
 それからは、その日を生きるのに必死で。
 気づけば戦争は終結し、私は赤十字の中でも重要なポジションについていた。
 あれっきり彼とは会っていない。
 今こうして彼を思い出したのは、きっと。
 処理中の戦死者リストの軍人の項に、彼の名を見つけたからだ。



モラトリアム[散文100のお題/54.ピーターパンシンドローム]


 どこからともなく声が聞こえる。

“佐久耶(さくや)サマ…”

 私の名前? だれが呼んでいるの?

“佐久耶サマ、…の……か…です”

 うまく聞き取れないわ。もっとハッキリ喋って頂戴。

“しっか…………て…、佐久耶サマ”

 どうして名前だけは聞き取れるのかしら? 私に呼びかけているお前はだれ?

“佐久耶サマ”
“佐久耶サマ”

 やめて! 呼びかけないで。うるさいのよ。
 私はまだ眠っていたいの。

“…時………す、佐久耶さま”

 時間? 今日は休日だわ。何があるというの?

“佐久耶サマ”

 呼びかけないでったら。私は、まだ眠っていたいのよ。
 目覚めるなんて嫌よ。だって目覚めてしまったら、現実と向き合わなくちゃならないじ ゃない。お兄様だって、それでご苦労なさっているわ。

“そ…でも、……は目覚…な………佐久耶サマ”

 聞こえない。ハッキリと聞き取れないの。お前の声がもっときちんと聞き取れるように なったら、起きるわ。それまでは眠っていたいの。
 それにしてもお前はだれ? ウチの使用人じゃないでしょう? どうして私に呼びかける の?
 とにかく、私はまだ眠っていたいの。呼びかけないで頂戴。

“そ…でも佐久耶サマ、貴方は……”



厄日[散文100のお題/55.人形]


今日は悪いことばかりだ。
朝起きて着替えようとしたら、箪笥の角に足の指をぶつけて。
朝食の玉子焼きには、卵の殻が混ざってた。
登校中に躓きかけたのを友達に見られたし。
数学の授業では、よりによって解らないところがあたる。
それだけでブルーなのに。
昼食では教室に乱入した猫に弁当をひっくり返されちまった。
もったいないので、ソレは猫にやった。
午後の授業中は特に何もなかったのだが。
下校時に、今朝こけかけた場所でこけた。
それどころか、たった今、車に水をはねられたところだ。
目の前のウィンドウでは、スーツを着たマネキンが微笑んでいる。
くそ!
なんだって人形に笑われなきゃいけないんだ。



コードネーム[散文100のお題/56.ハルシオン]


 野に咲く雑草を見て、ふとコードネームについて考えた。
 “アサギ”というのはとある東方の国で使われたという色の名前で、黄色がかった青色 を指す。“スオウ”は黒っぽい赤色で、“カイハク”は薄い灰色のことだ。他にも“スカ ーレット”や“アイボリー”、“コウバイ”など色の名前がついたDiverがいる。
 名前がつけられているのは、Diverだけじゃない。
 俺たちが仕事を終えて戻ってくる(ホーム)は、“ハルシオン”と呼ばれる。
 “ハルシオン”ではOperatorたちがDiverの活動を補助しており、仕事場(つまり、人間 の意識の中)にDiverを送ったり、逆に回収したりする。現実空間からリンクされたメイン ステージ、俺たちの本拠地だ。

 “ハルシオン”という名前にも意味があると教えてくれたのは、スオウだった。
 西方の国に伝えられていた神話に登場する、波を抑え穏やかにする伝説の鳥の名前だと いう。


 荒ぶる波を静め、平穏をもたらす者。


 会社が設立された当初の目的は、それだったはずなのに。
 現在はどうだろうか。
 俺の悩みは贅沢な悩みなのかもしれない。けれども、仕事に誇りを求めて何が悪い。そ う思う。


 揺れる春紫苑の花を見て、何だか救われた気持ちになった。
 (ホーム)につけられたコードネームは、まだ当初の志しを忘れていない証拠なのかも しれない。



Contact[散文100のお題/57.裸婦の肖像]


 彼の部屋には、裸婦の肖像がある。
 優しげな印象を受ける美女が、腰まで届くブロンドをかきあげている。
 瞳の色は青。
 髪は立て巻きではなく、ストレートだ。
 カウチに横たわる女性の体を、白い布が申し訳程度に覆っている。
 女性は何かに微笑んでいる。
 私はそれを見る度に、色っぽい女性だなと…ゲホゴホッ……あー、いや、失礼。
 私はそれを見る度に、彼女が見ているものは何なのか考える。
 彼女の視線は、画面のこちら側ではなく、絵の中の壁の辺りの空中を向いている。壁を 見ているのかとも思ったが、壁には何もかかっていない。
 私は絵のモデルが誰なのか知らないので、純粋に、絵から想像するしかない。
 とにかく、彼女には何かが見えており、それに微笑みかけているのだろう。
 天使かもしれない。
 悪魔かもしれない。
 それとも、もっと何か別のものが見えているのかもしれない。
 画家が何を思ってこの絵を描いたのか。
 この絵に込められた想いは何なのか。
 私には推測することも出来ない。
 そもそも私は、絵を見るのは好きだが、別段目が肥えているわけではないのだ。
 ただ、彼女はとても幸せそうで。
 私はそれを嬉しく思う。
 何にせよ、美女がうかない顔をしていることは嘆かわしいことなのだ。

 青い瞳にストレートのブロンドの、美しい女性がカウチに寝そべって。
 視線はこちらではなく壁の方を向き、女性は幸せそうに微笑んでいる。
 まるで、こちらのことなど気にもならないように。
 もしかすると彼女には、「向こう側」が見えているのかもしれない。

 彼の部屋には、そんな裸婦の肖像がある。



Contact2[散文100のお題/58.セックスと純潔]


 先日、彼の家にある「裸婦の肖像」について話したと思う。
 ブロンド美人が、カウチに寝そべっている絵だ。
 彼のことをよく知る知人から聞いたところによると、あれは彼の祖母らしい。
 彼の祖父は、よく祖母をモデルに絵を描いたそうだ。その内の一枚があの絵だと言う。
 絵の中だけでなく現実でも、彼女はあのように微笑んでいたのだろうか。
 あのように幸せそうな笑顔を、浮かべていたのだろうか。
 彼女には何が、見えたのか。
 彼女は何と、接触したのか。

 私は、ぼんやりとこう考える。

 彼女には、天使が見えたのだ。それもただの天使ではなく、告知天使ガブリエルが。
 大天使ガブリエルが百合の花を片手に、彼女に告げに来たのだ。彼女の受胎を。
 これは私の想像だから、まったく見当外れかもしれない。
 だが、彼女はとても幸せそうで。
 私の考えも、あながち外れてはいないのではないかと思う。
 思えば、妊娠とは不思議なものだ。
 セックスの結果であるのに、かくも高貴で純潔。
 セックスと純潔と、相反する二つのものの調和とでも言おうか。
 彼女は聖母マリアのように処女妊娠ではないが。
 ガブリエルの持つ百合の花を、受けるに相応しかろう。
 そうやって生まれてきた子供…彼の父親は、さぞかし幸福であるに違いない。



愛の言葉[散文100のお題/59.唇から愛]


アイツが言った言葉。

『愛の言葉なら、いくらでも囁けるさ』

正直なところ、胡散臭いと思った。
でも、アイツがくれた言葉でこんなにも幸せになれるんだから。
そう思ってしまうあたり、アイツの作戦は成功しているのかも。
少し、悔しいかもしれない。
それでも、アイツの言葉は私を幸せにしてくれるから。
まあ、多少の胡散臭さは目を瞑ってあげようか。



Lang nacht[散文100のお題/60.長い夜]


 団兄ちゃんが、事故に会った。
 仕事からの帰り道、酒気帯び運転の車に撥ねられたのだ。
 慌てて病院に駆けつけた。
 手術室の前でおばさん達(団兄ちゃんの両親)が、手術中だと言った。
 どうしよう、団兄ちゃん死ぬのかな。
 いやまさかだって昨日まで元気だったけどそんな急にでも…。
 頭が混乱している。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 あ、そういえば団兄ちゃんからお金借りたままなのに。
 そういうことだけは冷静に浮かんでくる。

「轟くん」

 呼ばれて振り返ると、巌さんが立っていて。

「団は?」
「手術中だって」
「…そう」

 いつもの声よりも、少し焦ったような声。
 巌さんはおばさん達に挨拶して、ベンチに座り込んだ。
 俺はその場にいられなくて、見舞い客用の休憩所へ逃げ込んだ。
 ベンチに誰もいないのをいいことに、頭を抱えて座り込む。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 団兄ちゃんがいなくなるなんて、考えたことなかった。
 どうしよう、団兄ちゃんがいなくなったら。
 いなくなったら? 団兄ちゃんが?
 どうしよう、どうなるかな。
 団兄ちゃん。

「轟くん」

 巌さんに呼ばれて顔を上げた。

「帰ろう。明日は学校だろう? 送っていくから…」
「でも、巌さん。団兄ちゃんが、まだ」

 巌さんは頭を振って

「ここにいても、僕たちに出来ることはないよ」

 巌さんは微笑んで見せた。
 いつもより、弱々しい笑顔。巌さんだって心配なはずなのに。
 結局、俺は巌さんに家まで送ってもらった。
 両親は病院のおばさん達に付き添っているから、俺一人だ。
 巌さんは、団兄ちゃんの家の留守番をしていた。
 長い、長い、夜だった。







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